幽霊少女の青春奇譚

青井音子

プロローグ

 その日は、なんてことない普通の日だった。変わり映えしない日々に、私は退屈していた。それは、いい事もない代わりに、別段悪いこともない、そんな日だった。一週間前に始まったばかりの、夏休みの計画でも考えてのんびりしていれば良かった、はずだったんだ。

 あのニュースを見るまでは──


 ✿


 七月二十九日、月曜日、午前九時。私はついさっき目を覚ましたところだった。こんなにのんびりした朝を過ごせるのは、夏休みの特権といったところか。とはいえ、いつまでもここでダラダラするわけにもいかない。朝の身支度はいつも通りにしなければ。

 ベッドから降りて、適当に選んだワンピースに着替えたら、階下にある洗面所へ。

 そこで顔を洗う。冷たい水に、頭が冴えていくのがよく分かる。鏡を見ると、そこに映る自分は、いつも通りに目つきが悪く、血色が良いとは言えない肌色をしていた。

 可愛いとは言い難い自分の顔を眺めなければならないため、朝のこの時間はあまり好きではない。思わずため息をつく。

 髪をこれまたいつも通りにポニーテールにして、私は洗面所を後にした。

 どうやら今日は私が一番早起きだったようで、朝食用に家族全員分の目玉焼きを焼く羽目になってしまった。焼き上がった四つの目玉焼きの中から、一番美味しそうな一つを選ぶ。

 それをパンにのせてもしゃもしゃと食べていると、階段の方から足音が聞こえてきた。

「あら、姫乃ひめの。もうご飯食べてたのね。ニュース見てもいい?」

「うん、いいよ。おはよう、母さん。目玉焼き焼いたから食べて」

 母さんがテレビをつけると、機械的にニュースを読み上げるアナウンサーの声が耳に入ってきた。


『昨日未明、民家から親子三人の他殺死体が発見されました。警察は強盗殺人事件として捜査を進めています』


「あらやだ、犯人、早く捕まってくれないかしら」

 人が三人死んでるっていうのに、気にするのはそっちか。

 まあ、所詮は画面の向こう側の話だ。私だって、知りもしない人間が死んだところで、何とも思わない。

 アナウンサーはニュースを読み続ける。それを横目に見ながら、私は朝食を食べ進めていく。

 私が食パンを半分ほど食べ終えた頃、テレビでは五つ目のニュースが読まれ始めていた。


『──昨日午後、千葉県紐掛市で交通事故が起き、女子高生一人が死亡、五歳の男の子一人が怪我をしました』


「あら、市内で事故?怖いわねぇ」

 そうかな。近くで起きたからって、別に私の生活には関係ないと思うけど。

 母さんは、いちいちニュースに反応し過ぎだと思う。


『亡くなったのは、十五歳の朝比奈明莉あさひなあかりさん──』


「……は?」

 思わず、手に持っていたパンを取り落とした。床の上に無残に叩きつけられた目玉焼きは、黄身が潰れてぐちゃぐちゃになっていた。

 でも、今は、それどころじゃない。何で、あの子の名前が出てくるんだ。何かの間違い、でしょう……?

 アナウンサーは話し続ける。無表情に、無慈悲に。


『目撃者によると、自宅近くの路上で遊んでいた五歳の男の子が、居眠り運転をしていた乗用車に轢かれそうになっていたところを朝比奈さんが発見し、男の子をかばったとの事で──』


 嗚呼、それを聞いて、確信してしまった。

 ニュースで子供をかばって死んだと言われた、お人好しの女子高生は紛れもなく、私の幼馴染なのだと。

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