チャーハンを作るのに失敗した日、きみの手を握ったままできみの返答にすこし遅延があることに気づいた話

「チャーハンくらいだったら、作れると思ったんだけどな」

 ハムもネギも焦げてしまったし、卵は白身がよく混ざっていなくて、もちろんご飯はベチャベチャ。味付けは意外と悪くないけれど、たぶん妻には濃すぎるだろう。若い頃は、薄味のおかずに醤油をかけては怒られた。私にとっても、妻の味に慣れた今では、やはり濃く感じる。

「うまいか?」

 妻は答えず、ニコニコ穏やかに笑ったままで、どう感じているのか、何も感じていないのかも分からない。

「もう少し食べるか?」

「……うん、食べる」

 すこし遅れて答えた彼女の口元に匙を寄せると、口を開けたので入れてやる。笑顔のまま咀嚼するので、おいしいと感じているように見える。しかしそうとも限らないことはもう分かっている。

 ぽろぽろとこぼれた米粒を追いかけてよく動かない手を伸ばすのを止め、痩せた指を絡めとる。

「大丈夫だよ」

 声をかけると、既に彼女はなんのために手を動かしたのだったか忘れていて、笑ったまま私の手を弱い力で握り返した。

 妻は聡明で賢明な女性で、多くの時間を私を支えることに費やしてくれた。これまでの人生で選択に迷い共に悩んだ時も、打てば響くように機知に富んだ答えを返してくれたものだった。

 最初に彼女の異変に気が付いた時も、やはりこうして手を取ったと思い出す。

 背の届かない冷蔵庫の上に手を伸ばしていたので手伝おうとしたが、何をとるの、と聞いても答えられなかった。ずっと爪先立ちで手を伸ばしたまま不思議そうに瞬いていたので手を取ってどうしたと問うと、答えはずいぶん遅れて返ってきて、何をしたかったのか思い出せない、と言った。

 あの時、もう年だなとからかわないで、病院に連れて行ってやればよかったのだ。

 妻をかたちづくっていたものの多くは失われた。細くなった指を握るたびに、年月をかけて獲得してきたものを一枚一枚脱ぎ捨て、彼女の本質だけになっていっているのだと気付く。そして時に激しくもなるその本質が、いとおしいことに。

 もちろん、昔が懐かしくなることもあるのだけれど。

「……母さんのチャーハンみたいに作りたかったんだけど、なあ」

 休日の昼に妻が作って、子どもたちとたらふく食べたチャーハン。味は覚えているのに、どう作ったらよいか分からない。

「もう一度作ってくれるか、なあ」

 たわむれに問うと、妻はやはり穏やかに微笑んでいる。すこし遅れて、うん、と答えた。

「うん、作るよ」

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