第二章 第二節 空の墓

  アレイナが侯爵と戦ってから、投降するまでの軌跡 第二章 第二節 空の墓



 北方諸国との戦争で功績を挙げ、一部王の兵士の指揮権さえ委任された兄に対して、モラリア王は兵士の墓への埋葬を許可しなかった。先日の侯爵領侵攻に際し、王の兵士に甚大な被害が出た事がまだ尾を引いているらしい。

 それに抗議して、一部の無主の兵士はモラリア王国を去る予定だ。もっともほとんど残っていない。


 無主の兵士の指揮官を継承した私に対して、侯爵領侵攻の褒賞金の支払をモラリア王が渋った時点で、大多数の無主の兵士がモラリア王国を見限っている。侵攻に参加した無主の兵士の褒賞金は、指揮官を通して、分配されるのだから当然の事だ。


 仕方がないので、私は民間の墓地に兄の墓を作った。

 葬儀の日、私は親が残してくれた家に赴き、無主の兵士の指揮官としての礼装に身を包む。そして机の上の遺品を胸にいだく。墓に収めるのはこれだけだ。


 モーラス城下の裁定の神の神殿から葬送の列が始まる。

 私は先頭を歩き、ジリアスとタダイルがあとに続く。そして今モーラスに居るわずかな無主の兵士達が礼装で後ろを歩く。モーラス城からは誰も参列しなかった。


 行列は城門を通り、民間人の墓地で終わる。

 穴が一つ掘られ、墓標が立っている。

 『ガナトリアのシオメン 三十五歳』

 両親の墓の隣だ。両親の墓も空だ、四年前カルパ峠で転落した。


 穴は小さい、遺体が無いからだ。その浅い穴に遺品が入った箱を収める。

 無主の兵士の指揮官とは言え、私物は多くない。モーラスの家から遺品を集めた。ペン、インク壺、ひげそり、銅のカップなどだ。


 私は、シグナルを鞘ごと腰から外すと、穴の上にかざした。そして再び腰に収める。武器・武具は継承される。これが無主の兵士式だ。


 その後、裁定の神の伝道師が裁定の言葉を述べる。それを皆で斉唱する。

 「裁定の神よ、シオメンに良き裁定を」

 本当は天国も地獄も無い。裁定の神の大神殿も認める真実だ。気休めの教えだ。

 墓守が土をかけて、葬儀は終わりとなる。

 あとは、宿場での酒盛りだ。


 何度か一緒に仕事をした事のある、無主の兵士のソクラスと話しをする。

 彼は兄の意図を怪しんで、今回の侯爵領侵攻の仕事には参加しなかった。

 「強かったのに、あっけなかったな」

 「侯爵閣下がそれ以上に強かっただけだ」

 山盛りのポテトフライを食べながら、答える。


 「相手がマガルハじゃね。あんたは対等に戦ったそうじゃないか」

 「侯爵閣下は手加減していた」

 「何故、手加減した」


 「私を欲していた」

 「それは怖いな。マガルハが二人になったらカリアス侯爵はもう名ばかりの侯爵ではなくなる。モラリアは手も足も出まい。俺は廃業かな」

 「帝国に残した家族の元に帰ってやれ」

 ソクラスは珍しい帝国出身の無主の兵士だ。帝国軍人は戦死すれば年金が出る。家族としては無主の兵士よりそちらの方がよほど助かるだろう。


 「こんな事を言うのも何だが、シオメンはあんたを便利に使いすぎた。死んだんだ。身の振り方含めて自由にやれば良い」

 「そうかもしれない」

 リリアナも言っていた。自分に正直にやれと。


 「アレイナ、あんたは犠牲にしたものが大きい。少しぐらい気ままに振るまっても誰も文句は言わない。がんばれよ」


 「ソクラス、武運長久を」

 「そちらもな」

 ソクラスはジョッキを手に立ち去っていった。


 味が分からなくても、喉の渇きは分かるので、水差しを取りに行く。

 受付のトーリアが、会釈をする。

 今日はリリアナが早番だ。リリアナには今日予約が入っていたはずなので、今頃女の子を喜ばせている。

 

 「アレイナ」

 ジリアスが机に呼ぶ。

 「訓練を始めてるんだってな、胸は大丈夫か」

 「痛いが、筋肉を落としたくない」

 鈍った筋肉を取り戻すには、それ以上の時間がかかる。


 「侯爵を除いて、ここらでは最強だろ」

 「その侯爵閣下と再戦したい」

 侯爵も折れた左手をおして、訓練を始めている気がする。


 「すべてが欲しいなら勝ち取れってやつか、難儀なやつらだな」

 「違う、仕合で失礼の無いように力を付ける」

 そう互いに同条件で、全力の仕合をしてみたい。

 「その仕合ってやつで、勝ったらどうするんだ」

 「同じ事」

 勝っても負けても、答えが得られたのなら投降する。

 「俺にはマガルハが考える事が、よく分からん」

 ジリアスが頭を抱えた。


 *


 翌日の朝、モーラス郊外の滝の一つに足を運ぶ。訓練場所の一つだ。

 デノリスの養成学校での訓練を思い出す。

 マガルハ同士の戦闘で、魔法刀を振るいながら魔法の属性を入れ替える手法だ。


 魔法刀に入れる魔法の属性は、炎の魔法と氷の魔法、光の魔法と闇の魔法の二対だ。一対一の場合、互いに相反する魔法の属性を入れるのが普通だ。


 魔法刀を通して行使する魔法は、魔法刀に入れた魔法の属性に拘束される。属性には得意・不得意があるので好み・場所・相手に応じて魔法刀に入れる魔法の属性を変える。


 とはいえ、それ自体はどうしても時間がかかってしまうので、いったん敵の間合いから逃れて、再び自分の間合いに戻す方法となる。


 一つ目は、単純に後ろに引く事。そう簡単には許してもらえないが、足さばきを工夫して相手に間合いを見誤らせる。


 二つ目は、相手を間合いから押し出す。突きを多用した刀さばきで相手を後退させる。また魔法刀からの投射魔法は予備動作無しに行使出来るのでそれを使っても良い。


 三つ目は、空中戦だ。跳躍する事で間合いを遠ざける。だが、地面に足が付いていない事は無防備と同様だ。他の方法と併用しないと自殺行為だ。空中足場の魔法も自在な機動が出来ないと同じ事だ。


 四つ目は、立体機動だ。魔法を併用しつつも高さの違う足場を行き来しながら戦う。もちろん場所は限られるが、屋内では有効だ。

 これも飛び移る際、隙を作らないように動かないといけない。


 侯爵の館はそれほど広くないので立体機動を訓練する。

 シグナルに氷の魔法を込める。

 滝壺を空中足場の魔法で越えると、滝に突き出した岩に足をかける。長く乗ると滑るので、その前に次の岩に飛び移る。足場の無い所はシグナルを流れる水に差し込み氷の足場を作る。たびたび滑り落ちるので空中足場の魔法で補う。滝の上部まで登ると、魔法刀を闇の魔法に切り替えながら、滝壺に落ちる。水面に激突する寸前で影の翼を開き岸まで戻る。


 「いたた」

 息が切れるし、胸は痛いし、晩秋なので滝のしぶきを浴びると寒い。

 四回もやると凍えたので、走り込みをする。足腰を鍛えないと、足技も立体機動も出来ない。


 足技は避ける訓練も必要だが、モーラスから足技の得意な無主の兵士が居なくなってしまったので道場での訓練は出来ない。

 仕方がないので木に藁を巻いて、それで蹴りの練習をする。


 その後、剣技に移る。シグナルにまだ慣れていない。その癖を覚えるために徹底的に素振りをする。シグナルと魔法短刀の二刀流も訓練した方が良い。


 次は魔法だ。

 マギと違ってマガルハは大魔法は好まない。無詠唱で済む隙の少ない魔法を使う。

 マギとマガルハの魔法行使の方法は本質的に違うが、表面的には似ている。魔法刀はマギのタクトと同様、一部の魔法の詠唱を省略する事が出来る。

 さらに魔法刀はまったく予備動作無しに投射魔法を行使出来る。

 シグナルでの経験は少ない、魔力が尽きるまで訓練を行う。


 *


 昼過ぎになり、滝で冷え切った体もほどよく温まったのでモーラスに戻る。

 滝からモーラスまで三十分ほどだ。宿屋で昼食を取ってから、リリアナの部屋で昼寝をしよう。


 途中商人の馬車に追い抜かれた。荷台に座った金髪で青い瞳をした女の子から手を振られる。

 マチアだ。デノリスの後輩だったヌミアによく似た娘で、ついでに背が低くてとても可愛い。


 モーラスで手を振られる事は少ないので、警戒して小さめに手を振り返した。

 確か今日の私の客だ。


 奇妙な話だが、リリアナの部屋に同棲している時は、私も女の子向けに売春をしている。昔からそうだった。女の子と体を重ねるのは嫌いじゃない。リリアナが遅番の時が私の担当だ。リリアナほど人気がある訳ではないが、それでも客は付くし、魔法汚染された容姿を嫌がらない女の子が多い。


 昼寝をしているとドアを叩かれたので、マチアをリリアナの部屋に招き入れた。

 マチアを抱き上げるとベッドまで連れて行く。

 「アレイナ、自分で歩けます」

 マチアはむくれた。

 「小さくて可愛いから仕方がない」


 シグナルをベッドの上から除けると、太刀緒でベッドの柱にかける。

 その間にマチアは自ら服を脱いだ。

 「迷惑でした? 手を振るのは」


 マチアは全裸で、下着を脱ぐのを手伝ってくれる。相変わらず私は沢山着込んでいる。

 「いや、ありがとう。私を歓迎しない人が多いので人前では振らない方が良い」

 「私は気にしません」

 マチアは強い娘だ。


 「マチアは髪の色や瞳の色は、怖くない?」

 「こんなに綺麗なのに」

 マチアは、私の白い毛髪を後ろから手櫛でとく。

 「うれしいな」


 下着を脱ぎ終わった私は、マチアを腕に抱いてベッドに倒す。

 「金色こんじきの瞳も華やかです」

 マチアは私の目蓋にキスをした。


 「ありがとう、沢山気持ちよくしてあげなきゃ」

 マチアと口付けを交わす。

 「私アレイナのこと好きです。とても美しいから」


 「マチアは可愛いから好きだよ」

 私はマチアを抱きしめると、じっくりと愛して果てさせた。


 その後、マチアの頭を抱き寄せて話をした。

 マチアは沢山話をねだる娘だ。デノリスでの教育内容まで聞き出そうとする。休日に私塾を開いているリリアナは、マチアは飛び抜けて頭が良いと言っていた。


 「マチア、そろそろ門限だよ」

 マチアの門限は日暮れより少しだけ遅い。

 「もう少しお話ししたかったです」

 「続きは次の時にしよう」


 服を着せながらマチアが次に来るのがいつなのか、予約台帳を眺める。

 「次は?」

 「まだ決めていませんけど、アレイナは私が来るとうれしいですか」

 「うれしい」


 「じゃあ来週も来ます」

 「無理しないで」

 マチアを抱くと満たされる。

 一テナ銅貨を受け取ると、心に余韻を残したまま日が暮れたモーラスの街に送り出した。


 売春と言ってもお小遣いで足りるわずかな代金しか取っていない。リリアナと私の趣味と言っても良いかもしれない。

 彼女達が、秘密の遊びに興じていられるのは結婚するまでだ。リリアナやトーリアの様に経済的に自立している女性は少ない。皆結婚を強いられる。



  続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る