第一章 第二節 魔法刀

  アレイナが侯爵と戦ってから、投降するまでの軌跡 第一章 第二節 魔法刀



 「アレイナ、その男の魔法刀を使え。お前の方が使えるのだろう」

 侯爵は構えを解くと、兄を魔法刀の先で指し示した。


 今回の仕事で兄は魔法刀を使っている。リコリナ製で極めて高価な物だが、マガルハと戦うためには剣士であっても魔法刀を使う必要がある。魔法刀の魔法が及ぼす作用のせいで剣で戦うと把持はじ出来なくなる。


 この仕事のために一振りしか調達出来なかった。

 兄は強い剣士だが、魔法刀はマガルハのもだ。マガルハ養成学校デノリスの卒業から十年の空白期間があるとは言え、私の方が使いこなせるのは確かだ。


 「アイナ、シグナルを使え」

 「お兄さん」

 虫の息の兄は魔法刀シグナルの刀身を握ると、こちらに差し出す。兄は状況がよく飲み込めていない。侯爵の慈悲によるしか、シグナルを受け取るすべは無い。


 「どうしたアレイナ、屈辱だと思うな。全力で向かってこい」

 侯爵は、とうとう魔法刀を鞘に収めてしまった。あくまで、マガルハ同士の戦いを望んでいるのだ。


 「分かりました」

 私は覚悟を決め剣を捨てた。魔法短刀を腰の後ろに収めながら兄の元に駆け寄ると、シグナルを受け取って前転した。シグナルの刃で兄の指が四本飛んだ。前転した後に氷の刃が刺さる。かわりに侯爵も魔法を解禁すると言う事か。

 互いに横に走りながら、私はシグナルの刃に炎の魔法を込める。シグナルに赤の幾何学模様が走る。侯爵は氷の魔法だ。


 「侯爵閣下、これで全力という事でよろしいですか」

 「お互いにな」

 侯爵は少し先行すると、右足を軸に制動をかけ、魔法刀を打ち下ろす。

 私はシグナルを上段から小さく振ると鐔で受けた。

 炎と氷の刃が斬り結ばれ、魔力の奔流が舞い散る。

 魔法刀同士での戦いはもう十年ぶりだ。


 私が侯爵を押して鐔迫り合いを解消すると、侯爵の首を突きにいく。シグナルは下から打ち払われた。そのまま右足を踏み込むと上から斬り下ろす。それを侯爵は魔法刀を横にして受け流す。連続して切り込み、再び突きに移行する。


 だが私は足が疎かになっていた。右足を思い切り蹴られて転倒した。倒れ込みながらシグナルを横に振り、切っ先から炎の矢の魔法を五本放って前転する。侯爵は炎の矢の魔法を魔法刀で打ち消した。その間に立ち上がった。


 「もっと奮い立て」

 「言われなくとも」

 燭台の残骸に乗った侯爵を追う。いちいち足元を見るわけにはいかない。空中足場の魔法を使う。侯爵も使っている魔法だ。その前に……


 横に薙ぐと、シグナルに込めた炎の魔法を解放する。木で出来た燭台の破片が一斉に燃え始めた。侯爵は氷の壁の魔法を行使して防いだ。


 「ははは、アレイナ」

 侯爵は空中足場の魔法で上昇気流に乗ると、宙に舞い上がる。シグナルから炎の矢の魔法を連続して放つが避けられてしまった。侯爵は梁の上に乗ったのか、上から下に氷の刃の魔法が飛んでくる。私も上昇気流に飛び乗ると梁ごと侯爵を切断した。

 梁を粉砕したが侯爵は逃げてしまった。梁の上で侯爵を追う。


 「楽しくはないか」

 「はい、侯爵閣下」

 楽しんでいると言われればその通りだ。私は戦い以外何も見えなくなっていた。

 こんなに楽しいのは、デノリスの首席決定仕合以来だ。デノリスでたたき込まれた戦闘技術を段々と思い出す。やはり私はマガルハだ。


 私は侯爵に追いつくと、上から斬りつけた。侯爵は振り向くと鐔で受けた。

 互いの魔法刀に込めた魔法の力が切れかけており刀身が乳白色に近くなっている。先ほどの蹴りを警戒して常にたいを入れ替える。


 「私のものとなれ、アレイナ。そなたが望むものを与えよう」

 「戯れ言をおっしゃる」

 「真剣なのだがな」

 真っ正面に見据えられる。

 不意にその目に吸い寄せられた。綺麗な薄緑色の瞳。


 「魔法?」

 髪の色が薄くなって以降、精神系の魔法は効かないはずだ。


 「そなたが欲しい、その純粋さ、強さ、美しさ、モラリア王にはもったいない」

 「魔法汚染が進んでおります故に」

 「その容貌、金色こんじきの瞳、白い髪か、私には美しい」

 人間離れした容姿故に、多くの人には評価されない。


 「侯爵閣下、私を差し出せば、他の者は助けていただけますか」

 少なくともジリアスとタダイルは逃げられる。兄はもう助からないが、葬儀は出せよう。それでも良いかも知れない。

 「それでは、そなたの純粋さをけがしてしまう」


 「都合の良い事を」

 私は侯爵の左足を思い切り蹴ると、その反動を利用して空中を飛ぶ。その隙を利用してシグナルの魔法を再充填した。梁から転げ落ちた侯爵もまた魔法刀に魔法を入れている。床に向かって落ちながら、空中足場の魔法を使って侯爵と落下の軌跡を合わせる。

 魔法刀の魔法経路を解き放ち互いの一撃に、生死をかける。炎と氷の刃がまばゆい光を放ち、謁見の間を白と赤で満たした。

 ジリアスが何か制止していたが私にはよく聞こえなかった。


 「侯爵閣下、私は満足しました」

 「アレイナよ、まだ終わりではない」

 力をため込んだ魔法刀同士が、激突する。

 均衡していた二つの魔法刀はどちらをも砕かなかった。解放された炎と氷の力があたりを跳ね回り、死体や物に火を付け、そして凍らせる。弾き飛ばされた私はジリアス近くの床に激突した。


 肋骨が数本折れる音がした。激痛が走る。

 手からはシグナルを放さなかった。デノリスでの刷り込みだ。

 『マガルハが魔法刀を放すのは敗北の時だけである』思い出してきた。

 私はあたりを警戒する。侯爵がまだ終わりでは無いと言ったのだ。


 ジリアスが助けに駆け寄ったが、私は自力で立ち上がった。肋骨の破片が肺を圧迫して呼吸の度に痛みが走る。


 「侯爵閣下は」

 侯爵は自らの椅子付近に落下したようだ。炎上する燭台が侯爵と私達を分けている。

 侯爵は右手で苦労して階段に座り直す。左手が効かないようだ。抜き身の魔法刀を握っている。侯爵もまたマガルハだ。


 「今なら殺せるのか」

 ジリアスを私は止める。ただ立てるだけで、私には余力が無い。ジリアスも魔力がほとんど無い。タダイルは侯爵を討てるほどの実力は無い。


 侯爵の館近くの王の兵士が全滅した今、私達は敵を排除しながら侯爵領を脱出する必要がある。撤退を決意する。兄は放置するしか無い。


 その時、裁定の神の横槍が入った。

 「ガオカンかやっかいな物を」

 侯爵は魔法刀を支えにして立ち上がる。


 兄の上に、小さな球体が浮かび水色の光を発する。


 ガオカンは裁定する。

 「モラリア王トマの戦略的敗北、軍事的冒険に失敗」

 「無主の兵士の指揮官 ガナトリアのシオメンの戦術的敗北 侯爵の排除に失敗。シオメンは戦死」


 ガオカンは小さな球形のお守りで、神の使いと言われている。裁定の神の名の下に戦いの裁定を行い、神の平和を宣言する。どれほど惨敗していようが、神の平和の間に逃げることが出来るので、一部で重宝されている。もっともいつ裁定が下るのか予想が付かないので、気休めである。


 鞘が無いのでシグナルを小指と薬指の間に挟むと燃えさかる燭台を回って、兄の元に行く。侯爵も魔法刀を鞘に収めていた。神の平和を示す水色の霧が立ちこめる。神の平和の間に戦いを続けると制裁を受ける。制裁とは死であり、防ぐ方法は無い。

 

 ジリアスとタダイルが兄を担ぐ。兄の足元から鞘を取るとシグナルをそれに収めた。


 「侯爵閣下、これにて失礼します」

 痛みで脂汗が出る中、努めて平静をよそおう。


 「楽しかったぞ、アレイナ。また会おうではないか」

 折れた左腕をいたわりながら、侯爵はこちらに歩み寄る。

 「その時こそ、そなたの全てを私にくれないか」

 私を勧誘すると再び薄緑色の瞳で微笑む。

 胸が苦しいのは折れた肋骨のせいなのか、動悸なのか分からなかった。



 続く

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