第一章 第一節 侯爵
アレイナが侯爵と戦ってから、投降するまでの軌跡 第一章 第一節 侯爵
マギのジリアスは左手のタクトを振ると、大魔法・火球を侯爵の館に向けて行使した。
熱気を感じるまでに眩しい白球が出現すると、そこから発した衝撃波が強固に守られた門を木っ端みじんに砕いた。火がついた門の破片があたりに散らばる。
マギとは魔法を主に使う戦士だ。拠点攻撃では特に重宝される。
「てっー」
私の号令に従って、モラリア王の兵士が弩弓を放つ。
門から飛び出した、侯爵軍の兵士が次々と倒れる。
しばらくすると、館の中から大魔法の詠唱音が聞こえた。
「突撃!」
私は剣を鞘から引き抜くと、率先して突撃する。
弩弓兵は下がり、胸甲をつけた王の槍兵が館の門に向けて走る。
侯爵軍側の大魔法は一番効果のある場所に向けて放たれるだろう。王の兵士の真ん中だ。悪いが王の兵士は囮だ。
兄と、ジリアス、タダイルも必死で館に向けて突進する。
王の兵士と違って我々は軽装だ。魔法と鋼の矢が発達した今、鎧など役に立たない。王の兵士は時代後れだ。
侯爵軍の兵士が放つ矢が足をかすめた。
館の階段に足を掛けた瞬間、敵の大魔法が行使された。衝撃波が私を吹き飛ばす。怯むわけには行かない、前転すると侯爵の館に突入する。
剣を払うと弩弓兵の腕の腱を斬った。
私達の目標は侯爵軍の兵士では無い、侯爵そのものだ。
「タダイル門を頼む」
タダイルは門にいる侯爵軍の兵士達を片っ端から血祭りにあげる。
私は侯爵軍の兵士を足で踏みつけると、謁見の間に向けて走る。
侯爵の護衛が通路に出てきた。
「お兄さんは侯爵閣下のもとに」
炎の矢の魔法を無詠唱で行使すると、護衛の足元に撃ち込む。
護衛はこちらに興味を持った。その間に兄は謁見の間へと続く通路を駆ける。
私は横に相手の剣を払うと、突くと見せかけて足払いをする。体勢を崩した護衛の顔面に剣を突き立てた。
死んだ護衛を蹴ると、それを受け止めた次の護衛の首を刎ねる。
ジリアスは右手で剣を抜くと、侯爵の護衛達のただ中を駆けながら、
精密な魔法制御により氷柱の先端は正確に心臓を射貫き、瞬く間に死体の山を築いた。
あわてて出てきた護衛のマギは剣で首を刈られた。
*
「お兄さん、そっちに行きます」
私は最後の
謁見の間に残っている貴族はカリアス侯爵メライアだけだ。
女侯爵メライアは金色の長髪を後ろで結い上げた秀麗な美人だ。魔法汚染の影響を受けているであろうから本当の年齢は分からないが、外見上は三十代前半に見える。魔法刀を振るい声をあげなければ威圧感は無いだろう。濃い緑色のマガルハの服を着ている。
侯爵は私と同じくマガルハだ。マガルハとは魔法刀と魔法で戦う戦士の事で、帝国では戦士の頂点として重用される。
王の兵士は全滅したので、タダイルは館の門から侵入する侯爵軍の兵士を阻止している。ジリアスは私とともに侯爵の側近を皆殺しにしたため、自身の魔力をほぼ使い切っている。自由に動けるのは私だけだ。
兄は、侯爵に押されている。
侯爵は、横薙ぎに魔法刀を振るうと、避けた兄の足元に蹴りを入れ転倒させた。
私は急いで炎の矢の魔法を行使して、侯爵を牽制する。
侯爵は返す刀で炎の矢を打ち消した。白く揺らめく侯爵の魔法刀には氷の魔法が込められている。
兄は倒れ込んで、頭を打った。足に負った戦傷がまだ治りきっていないのだ。
侯爵は、私に興味を持つと走り寄り、斜め上から魔法刀を振り下ろす。
私は剣を半月に振り、魔法刀を弾く。剣が冷え、
侯爵は、魔法刀で足元を払う。これ以上魔法刀の氷の魔法を受けると剣を取り落としてしまう。
地面を蹴り、後ろに下がって避けた。
私は左手で腰後ろから魔法短刀を抜いた。乳白色の魔法短刀に炎の魔法を込めると、赤くほのかに光る。剣に魔法短刀を重ねると暖めた。
「ほう、マガルハか」
侯爵は私との間合いを詰める。魔法刀を上段に振りかぶると首もとを狙ってきた。私は剣と魔法短刀を十字に重ね魔法刀を受け止める。炎と氷の力がせめぎ合い、魔力の切片が飛び散る。
侯爵の魔法刀は上に弾かれて弧を描く。私はそこに剣で突きを入れる。侯爵は左足を引き
「覚悟しろ侯爵!」
私と侯爵が刃を交えているうちに、立ち上がっていた兄が加勢する。後ろを取って、勝利を確信したのだろう。
「お兄さん駄目です」
それは不用意な攻撃だった。ふらついた体勢での突きは速度を欠いた。
侯爵は身を低くして避けると、兄の腹を切り裂いた。
侯爵が兄の方を向いたので、私は背後から剣を突き入れる。
侯爵は前転でそれを逃れる。それは予想済みだ。
左足を踏み込むと、左手の魔法短刀を突き出す。かろうじて侯爵の背中に届き、緑色のチェニックに火がつき血が飛んだ。
侯爵は苦しそうにうめくと、身を低くしたまま体を回転させ足払いをする。
私は足払いを飛び越す。そして、剣を持ち替え切っ先を下にすると、侯爵に剣を突き立てようとした。届けば私の勝ちだ。
侯爵は
私は後ろ向きに転倒した。これで終わりだと思った。
「逃げろ」
魔力の尽きかけたジリアスが氷の刃の魔法を放ち、援護する。
私は後転して、侯爵の魔法刀の間合いからかろうじて逃げ出す事が出来た。
侯爵は立ち上がると魔法刀から氷の魔法を抜く。魔法刀がリコリナ本来の乳白色に戻る。手加減するという事だろうか。
私も立ち上がり息を整えると、魔法短刀から炎の魔法を抜く。
「女マガルハ、モラリア王の仕事など受けるな。デノリス出身であろう、帝国に戻れ」
侯爵は、魔法刀を膝下から逆袈裟に斬る。私は剣を下に突き出して魔法刀を受けながら牽制した。デノリスとは帝国にあるマガルハ養成学校の事だ。私は帝国外からデノリスに入学した。
「今さら遅いです。侯爵閣下」
私は言い返す。魔法刀を受けた剣は、上に跳ね上げられる。右足を後ろに引き、体勢を整えた。確かに帝国に残る選択肢はあった。
「マガルハとしての栄誉を捨てるのか」
侯爵は真っ直ぐに魔法刀を突き出す。私は右足をさらに後退させ体を横向きにすると、魔法刀が私を斬り裂くのを魔法短刀で防ぐ。リコリナ同士の摺れる高い音が響く。
「逃げるぞアレイナ、燭台が落ちる」
ジリアスは豪華に飾られた燭台の根元を、氷の刃の魔法で破壊した。
有り難迷惑だ、今は逃げられそうにない。だがこのままだと落ちる燭台に巻き込まれる。
私は剣を
侯爵の魔法刀は私の剣より長い。間合いの内側に入られる事を嫌がって、侯爵は後退した。
後ろで燭台が大きな音を立てて床に激突する。
「アレイナと言うのか、良い名前だ」
降り注ぐクリスタルガラスの破片の中、侯爵はそう微笑んだ。
「ありがとうございます、侯爵閣下」
こんな場所で誉められるとは予想していなかったが、感謝はするべきであろう。
燭台の落下により少なくとも侯爵との間合いは拡がった。あと少しは時間が稼げるだろう。
剣を持ち直す。
「先に行け、逃げろ」
ジリアスに命令する。このままだと全滅だ。
「逃げろアレイナ」
無茶な事を言ってくれる。
私は燭台の残骸によって、部下と分断された。
逃げられない。残るは勝利か、服従のみだ。
続く
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