第3話 強盗
今日も買取屋はカーペットの上で椅子に座り新聞を広げていた。今は、早朝でまだ何も買い取っていない。
ということは、買い取るための資金が一番多い時間である。こう言った時間に来る客……。いや客を装った者が訪れることがある。
「何を買取りましょうか?」
無言でカーペットに入ってきた客らしき人物に声をかける。フードローブを目深に被り、顔はもちろん体のラインすら見えず男か女かさえわからない。
「……命が欲しくば金を出せ」
買取屋のおっさんは、おおきなため息をついた。
◆
同日の昼、一人のハンターがおっさんが店を開いている第10階層に降り立った。
「うおあああ! 重いいい」
うめき声をあげていたのは、革鎧に短剣そして背中に主武器の弓を背負った身軽さ重視の装備をした男だ。肩まである長い金髪を揺らしながら、なにか重たそうなものを抱えて、いっぽいっぽ歩いている。
「後ちょっと! この階層のどこかにおっさんがいるはず!」
長髪の男は、汗だくになりながら買取屋を探している。運のいいことに二つ目の部屋に移動したところであのカーペットが目に入る。
「うおーーー。もうちょっとだー!」
長髪の男は、なんとか重い物をカーペットの中まで運び込んだ。
「おっと、こいつは大物を持ってきたな」
買取屋のおっさんは、長髪の男が持ってきたデカくて重いものをじっくりと見る。
「スピニングタートルの甲羅だな」
スピニングタートルは普通は無視される不人気な亀の魔物だ。しかしその素材に価値がない訳ではない。とにかく色々と面倒なのだ。
まずは硬い。下手すると武器が壊れるほど固い。そして取れる素材がめちゃくちゃ重い。そして無視される最大の理由が無力化が簡単だということだ。
後ろに回り込みひっくり返した後に、亀をクルクルと回すと10分は閉じこもったままでてこなくなるので、そのままに楽に逃げられるのだ。
「ええ! ひっくり返した後に、隙間に何度も短剣を刺して仕留めたんですよ」
長髪の男が鞘から抜いた短剣は、刃が欠けボロボロで使い物にならなくなっていた。素材を売らなきゃ完全に赤字の事案だ。
「それで、この重い甲羅を持ってきたのか」
買取屋は、机に載せられたら壊れてしまいそうなので急いで甲羅のもとへ向かいしゃがみ込む。
「9階層の降り階段の横にいたからね。一度討伐して、ここに持ってきてみようと思ったんだ!」
長髪の男は、普通は相手にしないスピニングタートルを討伐した経緯を話す。しかし買取屋は甲羅の品質に目が行き
「品質もいい。まだ硬質化していないな」
流通するスピニングタートルの甲羅は、だいたい細かく割られていたり。鈍器で退治され大きくヒビが入っているようなものばかりだ。武器が壊れる覚悟で刃物を使って綺麗に倒す奴はめったにいないそれゆえ完品には高値がつく。
「よし! こいつは1600ダズでどうだ?」
1600ダズ。この価格は、短剣一本が200ダズ程度で買えるので、大儲けである。
降りる階段のそばで遭遇したこと。短剣を犠牲にする決意。買取屋の存在。幸運が重なって長髪の男は、大儲けをした。
「やった! 大金星だ!」
買取屋は、長髪の男が喜んでいるのを見て、買取を了承したとみなし、トランクから金を取り出し机に並べた。
その様子を見ていた長髪の男は、トランクの横に丸めて置いてある血まみれの布に気がついた。
「あの血まみれの布はなんですか?」
その質問に、買取屋はその布をしばらく見つめた後に、こう答えた。
「……朝買い取ったものだよ。ボロボロだけど認識阻害効果のついたフードローブだよ」
暗殺者や犯罪者が好んで使う魔法具だ。それを売ったということは、その人物はかなり怪しい人物だ。
その事に気がついた、長髪の男は話を逸らすことにした。
「へぇ……。それより、これだけあれば新しい短剣を買ってお釣りが来るな~」
長髪の男が大げさに喜んでいると、買取屋はあることを思い出した。血まみれのローブの中に手を突っ込むと、あるものを取り出した。
「新しい短剣を買うなら今朝買い取ったこいつはどうだ?」
買取屋の出した短剣は、鞘に豪華な銀細工がしてあり柄に魔石が埋め込まれているかなりの業物だった。
長髪の男は出どころが怪しすぎる品物に一瞬だけ
「素晴らしい……」
短剣を鞘から抜くと更に素晴らしかった。魔石がついていることから予想はできた。
これは魔法具の短剣だ。切れ味は想像出来ないほど素晴らしいものだろう。
「500ダズでどうだい? 上での市場価格は700ってところだろうな」
長髪の男は、揺れていた。
思わず手にした大金。今を逃せばよくて割高になる、最悪二度とお目にかかれないかもしれない。しかし、通常のものより2倍以上高い……。
しかし、これを買っても残り1100ダズある。そう考えを変えた時に心は決まった。
「それ買います!」
まいどあり。買取屋は、机に並べた金の山から500ダズを抜き取り代わりに短剣を添えた。
長髪の男は、重くなった財布と新しい魔法具の短剣を手にしホクホク顔で帰路へとついた。
「よし、短剣を売る手間も省けたしこいつも買い取れたし」
買取屋の男は、甲羅を裏返すとトランクから取り出した銀色の液体を振りかける。そう彼は素材の下処理を始めたのである。
スピニングタートルの甲羅は、徐々に硬質化して表面が剥がれていく。しかし死んでまもない今ならそれを止められる。
彼が甲羅に塗っているのは、メタルリザードの銀脂肪だ。この脂肪には潤い効果がある。素材の保護からお肌の手入れにまで活躍するダンジョン産の素材だ。
「今日はツイてるな。手入れに使うものが偶然手元にあるとはね」
幸運だったのは長髪の男だけではなかった。銀脂肪は、偶然にも昼前にメタルリザードの皮を買い取った際に皮からこそぎ落としたものだった。そう、
甲羅の下処理をしていると、あっという間に時間が過ぎ閉店の時間になった。買取屋はいつもよりかなり重いカバンを背負って帰路へとついた。
◆
「よーし! 今日は俺のおごりですよー!」
大金を手にしたハンターの恒例行事が始まった。今日の主役は、もちろん甲羅を売った長髪の男だ。
椅子の上に立ち上がりボロボロの短剣を取りだし掲げる。
「そう! こいつで、ちょうど9階層の降り階段にいたスピンタートルを仕留めたんだ!」
その男は買取屋に甲羅を売り大金を手に入れたことを話した。そしてもう一つの成果を取り出す。
それは魔法具の短剣だ。それは、店の明かりを反射してまるで宝物のようにキラキラと光っていた。
「そして買取屋が売っていたこの短剣を500で買った!」
よっ! 買い物上手、やらラッキーすぎるだろ!といった声が飛ぶ。
しかし、その中でただ一人顔色を悪くした男が勢いよく椅子から立ち上がりこう言った。
「そいつは! 連続殺人犯、[闇討ちジャック]の短剣だぞ!」
酒の席は、一気に騒がしくなり衛兵が駆けつける騒ぎにまでなった。
その場で、本日の主役に尋問が開始され。買取屋のおっさんが血みどろのフードローブを持っていたことや短剣を朝に買い取ったと言ってたことを洗いざらいぶちまけた。
尋問はこの場で終わり後日捜査協力をするということで落ち着き衛兵は持ち場へ戻っていった。
そして、静まり返った客の一人がボソリと独り言をこぼした。
「買取屋のおっさん……。闇討ちジャックを殺ったのか?」
その独り言は、静まり返っ他店の中に響くと、再び騒がしくなり始める。
話題はもちろん買取屋のオッサについてである。またあーだ、こうだ議論が飛び交い酒場は賑わいを取り戻していった。
「連続殺人犯てマジかよ……」
また酒場の隅でひとりの中年男が顔を青くして、ひとりごちていた。
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