第2話 血まみれの客
いつものように買取屋が新聞を広げ読みふけっていると、小部屋にお客が訪れた。
その女は足を引きずり、肩の傷に手を当てて無理やり止血している。誰が見てもボロボロで生きているのがギリギリと言った状態だ。
カーペットの端までたどり着くとそのまま倒れ込んだ。
買取屋は重い腰を上げると、気絶した女を引きずり、全身をカーペットの上に入れる。
透き通るような金髪に完璧なプロポーション。冒険者としてではなく、踊り子や役者として活躍できそうな美女だ。
倒れている女を舐めるように下から上へと見ると、おっさんは、シャツに手をかけた……。
買取屋は、はだけたシャツを整えて、装備のベルトを緩めてやる。気絶した女を介抱しているのだ。こう見えて、おっさんは紳士であった。
酒場では玉無し野郎とまで言われるほど、アッチ方面の噂がない。女ハンターに、処理してあげるから買取値段をあげてくれと言われても断固拒否するのである。
普通のハンターなら武具の一つや二つくれてやるどころか、装備一式見繕ってやる奴もいるぐらいだというのに……。
そんな紳士なおっさんは、こういったお客に慣れている。エロい客ではなく、重症を負った客の方だ。カーペットの回復効果が知れると、命からがら逃げ込んで来る客が増えたのだ。
倒れている女ハンターを放置してまた新聞に目を戻す。カーペットが傷を癒やし、客が目を覚ますまでじっと新聞を読んでいた。
「うう……ここは……?」
意識を取り戻したハンターの女はおっさんの顔を見て自分の置かれている状況を理解した。
「目が覚めたか。今日は何を買い取る?」
女ハンターは、あせって鞄の中を探る。特に売りたいものがあってきたのではなく、回復目当てに駆け込んだからである。
なら何故彼女が売るものを探しているか?それは、ハンターたちの間で自然にできた、回復させてもらったら何かを売るという暗黙のルールがあるからだ。
傷の痛みも無くなっていたので、勢いよく立ち上がると、女は決意して淡い光を放つ玉を買取屋の前に置いた。
「ウィプスの核か? こいつは珍しい」
その玉を見た買取屋は驚いた。ウィプス自体はそこらへんにうじゃうじゃと居る魔物だが、核を落とすのは非常に珍しく高値で売れる。
しかし買取屋の返事は、ハンターの女が予想しない言葉だった。
「これは買い取れないな。金のほうが、かさばるし重いぞ」
おっさんは、商売に対しても紳士だった。加工の必要もなく小さくて高価な物なので、どう転んでもハンターの女が損をする。そんな取引に難色を示したのだ。
「何故ですか!? 今は、それしか売れるものがなくて……」
買取屋は首を横にふる。それを見た女は、下唇を噛み締めた後に意を決した。
「なっ! なら救けられたこの体を好きなように……」
女のよくわからない思考回路に買取屋は、はっきりということにした。
「おまえたちが妙なルールを作っているのは知っている。だが、べつになにも売らなくても回復ぐらいして良いんだぞ」
それに付け加えてこうも言う。
「それに……。すぐ、アッチの方で解決しようとするのをやめろ。ハンターってのは品がなくて困る」
女は、自分がとんでもないことを口走ってしまったことに、いまさら気が付き顔を赤くする。
血が足りなく真っ青な顔で現れて、今は顔を真っ赤にしている女ハンターに買取屋は面白がってアジサイ娘とこっそりあだ名を付けた。土壌によって色が変わるあじさいの花に掛けた、わかりにくいあだ名だった。
そして普段はやっていないサービスを提供することにした。
「売るもんがないなら何か買っていくか?」
買取屋は、トランクを探り、赤い液体の入った瓶と青い液体の入った瓶を取り出して机の上に置いた。
赤い液体が造血薬で青い液体が造魔薬だ。アジサイ娘とあだ名を付けて買取屋のおっさんの中では面白い提案だったが、それは他人には全くわからなかった。
ハンターの女からすると、ボロボロになった今まさに求めている薬品だったので喜んで、その二つを買い取った。
「さてと、今日はそろそろ帰るか」
買取屋の言葉にハンターの女は驚いた。
買取屋は仲間のうちでは謎多き人物だ。ダンジョンに住んでいるだとか、実は魔物だとかとんでもない噂で溢れていた。そこに来て買取屋の帰る《・・》という言葉は、その噂の真相に近づく言葉だったからである。
女はこの先の探索より謎めいた買取屋からでた普通の言葉に
「あ、あの! 私も一緒行ってよろしいでしょうか!?」
買取屋は、なんでこのアジサイ娘が目をキラキラ輝かせているのか意味がわからなかった。若干引きながらも普通に帰るだけなので、同行を許可した。
「よくわからんが、好きにすればいい」
買取屋は、そう言う机と椅子それに看板をたたみトランクへと収納していく。そして最後に絨毯を丸めてトランクに押し込むとフタに体重をかけて、無理やり留め金でトランクの口を閉めた。
買い取った品物が入った肩掛けカバンを二つと背負いカバンを身につけると、じゃあ帰るかと言ってダンジョンの中を歩き始めた。
アジサイ娘はますます目をキラキラとさせて買取屋の後をついて行く。なぜなら彼女は、ダンジョン内に家があるだとか、実は魔物でダンジョンで眠るなど、ありもしない想像を頭に巡らせているからだ。
「あの、帰るって何処にですか……」
アジサイ娘は普通にダンジョンの階段を登って地上を目指している買取屋に勇気を出して聞いてみた。
「どこって、街の外れの家だが?」
それはそうよね。と彼女は納得したが、普通すぎる答えに心底がっかりしていた。
買取屋はアジサイ娘の意味のわからない質問と、何故だかがっかりしている様子に意味がわからないと首をひねった。
その後は終始無言でダンジョンの外まで共に歩いた。
「じゃ、またなお客さん」
そう言って、買取屋は、品物を卸すために製造業が集まる地区へと消えていった。
「普通すぎる……」
彼女はがっかりして、冒険の成果を売り払うためにハンターギルドへ向かった。今回の探検で手に入れたウィプスの核を売り払うためだ。
「買取屋のヒミツはわからなかったけど、そういえば今日はレア物を手に入れたのよね!」
がっかりして忘れていたが珍しいアイテムを手に入れて大金を手にできることを思い出し心が踊りだす。
手早く取引を済ませるとすぐにある場所へと向かう。大金が手に入れはやることは一つだ。酒場に行って他お客に酒を振る舞い、自慢話を聞かせるのだ。
「今日は私の奢りよ! 武勇伝をちゃんと聞きなさい!」
客たちはタダ酒にありつき大盛りあがりだ。しかし、話の内容的にはそこら中にいるウィプスを倒した話だったのですぐに場は盛り下がった。
しかもその後、罠にかかり床からとび出た槍で重症を負うという間抜け話を聞かされて、酒の席はさらに盛り下がった。
しかも買取屋にアッチでお礼をしようとした痴話は、全面カットであったので、全く盛り上がらなかった。
しかし、店の皆におごったハンターの話は最期まで聞かないといけないのが彼らのルールだ。
興味も薄れたころ一つの話題で再び皆の注目が集まる。
「そうしたらね買取屋のおっさんが家に帰るっていうのよ」
周りのものは固唾を飲んで話を聞く。ダンジョンに住む変人か、または魔物か、話の先に注目が集まる。
「でもねー。普通にダンジョンの外に出て。買い取ったものを卸しに行っただけだったわ」
誰も望んでなかったオチにやれやれと興味を失い始めたその時、客の一人から声がかかった。
「おい! おっさんが凄い強いって予想もあっただろ! 魔物とは遭遇したのか!?」
今日の主役は、ハッとしてすぐに考え始めた。
「珍しく魔物とは一度も遭遇しなかった!」
すると店内はざわつき始めた。買取屋の噂には、魔物を寄せ付けない魔道具を持っている。だとか、魔物なので襲われない。だとか、強すぎて魔物が逃げるなどの噂もあったのだ。
あーでもないこーでもないと話し合われた。結局どの噂も当てはまるし、どの噂の証拠にもならなかったので徐々に盛り上がりは落ち着いていった。
そして酒場の端でひとり酒をしていた中年男性が、ひとりごちる。
「いったい、俺をなんだと思ってるんだ」
噂の人物が同じ空間にいるのに、誰にも気付かれないのだった。
それは無理もない話だった。カーペットとあの机、椅子、看板そして新聞が強烈な印象を残す。それに加えて買取屋の地味すぎる顔は全く印象に残らない。彼は、店をしていないときに買取屋と声をかけられたことはなかった。
厄介な噂も出始めたので、わざわざ前に出ることもない。彼はひっそりと普通の生活を満喫しているのであった。
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