第4話 トレイン行為
買取屋のおっさんは、新聞の見出しを見て大きなため息をついた。
”連続殺人犯、闇討ちのジャック逮捕! 商店門で一糸まとわぬ逆さ吊り!”
それでも彼は、習慣で記事を読み進める。
昨日の深夜、フルーツ店の店主が商店街の門から裸の男が吊るされているのを発見した。それを見て店主はすぐに衛兵に通報。駆けつけた衛兵に降ろされた男性は、恐怖のあまり歯をガチガチと鳴らしながら”俺は闇討ちジャックだ。叩く刑務所に入れてくれ!奴が入ってこれない刑務所に!”と喚き散らし逮捕された。顔はズタボロに殴られており身元確認は出来なかった。しかし、その男の証言から犯人しか知り得ない事実が多数出たため、治安軍はこの男を逮捕した。
「なんだか、とんでもねぇことになったな」
記事を読み終わった買取屋は、頭を抱えてひとりごちる。
フーっと一呼吸すると気を持ち直して次の記事目を移す。他のニュースは、買取屋にとっては穏やかなニュースで、安心して新聞を読み進めていった。
「うわああああ! やべええええ!」
新聞を半分ほど読み終えたときだった。遠くから悲鳴が聞こえそれがどんどんと近づいてくる。
またトラブルが飛び込んできそうな予感に買取屋は、ため息を付き新聞を畳んだ。
「ドロゴン! ドロゴン追いかけてきた!」
叫び声の主は、ついに買取屋の目の前に現れた。
鉄の胸当てに鉄の小手それに皮のズボンとブーツを装備した茶髪で短髪の男だ。武装は小盾にロングソードという汎用性が高い装備だ。
いつもならいらっしゃい、と迎えるところだが、今はそんな状況にない。
マッドドラゴン、通称ドロゴン、人より大きなトカゲだ。普段は泥に潜んでいて、獲物を見つけるまでじっとしている。ドラゴンの名にふさわしく火炎を吐いて襲いかかってくる厄介なやつだ。
彼は、魔物を引き連れて逃げ回っている。これは、トレイン行為と言われているダンジョンでのノーマナー行為だ。しかし命がかかってるならマナーなんてくそくらえ! ということで実際はよく起こる事案である。
「おい! 早くカーペットに入れ」
買取屋に声をかけられた、トレイン男は、やっとその存在に気がついた。
「ドロゴンが来てるから、おっさんも逃げてくれ!」
トレイン男は巻きこまないようにと買取屋を遠ざけようとするが、それでも買取屋はカーペットに入るように促してくる。
「どうなっても知らないぞ」
男は、迫りくるマッドドラゴンから最後の体力を振り絞り距離を取ると、カーペットの上に滑り込んだ。
「よし! 俺の手を握って目を閉じろ!」
彼は、買取屋の指示の意味わからなかったが、迫りくる敵に焦りそのまま言う通りにした。
二人の男が向き合うと両手をガッチリと組み力比べのような体制になった。そして、トレイン男は目をぎゅっとつぶる。
買取屋がなにかボソボソと言った後、すぐに奇妙な音が鳴り響く。
「イヤァアアアアアア! ホロッホロベベエエエエ!」
女の叫び声のようなヤギを絞め殺したような、なんともいえない気持ちの悪い叫び声のような音が小部屋に鳴り響く。
そして、ドゴン!と、ひときわ大きな音が鳴り、あたりは静けさを取り戻した。
「目を開けていいぞ」
トレイン男は恐る恐る目を開けて轟音がした方に振り向いた。するとそこには、背中の真ん中が地面にめり込んでいるマッドドラゴンの姿があった。
「ヒェッ!」
ドラゴンが大きな拳で叩き潰されたような
トレイン男は、わけが分からなかった。買取屋がやったかと思ったが、手を握っていたので武器を持つことも魔法を使うことも出来ないはずだ。
おっさんが、なにかした可能性は無いと言っていいだろう。しかし、実際に目の前でマッドドラゴンが一撃で葬り去られている……。
「さてドロゴンか。おい! こいつはどうする?」
平然としている買取屋を見てトレイン男は、背筋がゾクッとした。
「い、要らないです」
拒絶の意を示すと買取屋は、そうか、と一言だけ言うとマッドドラゴンを解体し始めた。
トレイン男は暫くは呆然としていたが、ハッと我に返り、そそくさと、この場を去ろうとした。だが、解体屋にちょっと待ちなと、呼び止められた。
トレイン男は、あの叫び声の主に叩き潰されるんじゃないかと、生きた心地がしない。早く帰りたいそう心の中で連呼している。
「ほら、こいつはお前が持っていけ」
買取屋は、マッドドラゴンの喉から赤い玉を引っ張り出し、トレイン男に投げてよこした。
その赤い玉は、火炎玉と呼ばれるドラゴンが吐く火を作り出す器官だ。死後も魔力を込めれば炎を出すことができるので高く売れる。
普通なら遠慮するところだが、すぐに帰りたい男は、素直に受け取ると逃げるようにして去っていった。
「やっちまったな。助けるためとはいえ、こりゃまた酒場で盛り上がっちまうかな……。火炎玉で口止めができればいいけど」
買取屋はそう、ひとりごちながら、臨時ボーナスとも言えるドラゴンの牙、皮、肉、
鱗のない皮は塩漬けにして、よく揉み込み水分をだす。肉はナイフを刺して作った穴に香辛料を押し込み、肉全体を紐でぐるぐると縛り上げる。
ドラゴン一頭分の素材となるとかなり多いので、今日は、早めに店じまいすることにして帰路へとついた。
◆
数時間後、酒場では、いつも通りハンターたちが酒を楽しんでいた。
しかし、ダンジョン帰りにいつも騒いでいるトレイン男が、今日は青い顔をしてうつむいている。
気になった飲み仲間は、辛気臭い顔してんじゃねぇと背中をバシンと叩いた。すると、落ち込んでいる男の懐から火炎玉が転がり落ちた。
「うおおおおお! おめぇドラゴン殺ったのか!?」
声をかけた男が火炎玉を見て大騒ぎする。周囲は、何事だと騒がしくなり、転がり落ちた火炎球を見て納得する。
「俺が殺ったんじゃない……」
それならどうしてお前がこいつを持っていると周りは詰め寄る。ハンターの間で、獲物の横取りや素材の強奪は私刑でリンチされるのほどの重罪だ。
「おっさんが……。たぶん買取屋のおっさんが、殺った」
その言葉を聞いた酒場の連中がどよめきを上げる。
やっぱり強かったんだ! 魔法か? 剣か? など大騒ぎになった。
しかし、トレイン男が今日あったことを詳細に話し始めると、客たちは静かになっていった。
「手を握ってたなら足か?」
「いや、足を動かしたら分かるだろ」
「女を絞め殺したような叫び声ってなんだよ……怖ええよ……」
おっさんについての噂がまた一つ増えた。何かしらの恐ろしい攻撃手段を持っていると……。
そうして、また酒場の隅で中年男がひとりごちる。
「口止めに渡した火炎玉が逆効果になったか……」
あの場面で、火炎玉が転がり落ちなければ、トレイン男はこの話をしなかったように思えて、後悔する買取屋であった。
「客が減らなきゃいいな」
再び、ひとりごちるとグラスに残った酒を
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