記憶という名のオルゴール

大槻有哉

第1話

 この世界は、メロディによる文化が栄えていた。メロディを歌に出来るのは、記憶鳥だけである。平和なときが流れていた。


 その平和は、エンジェルと呼ばれる女神の出現によって崩されていく。エンジェルは、その者が望む世界を、頭の中で自在に体感させる力を宿している。そして、体感するには、エンジェルの求める物を差し出す必要があった。


 最初のうちは、道辺に咲く野の花でも良かったが、そのうち、食料や金、盗み、果ては人の命さえ要求されるようになった。まさに、麻薬である。


 人々は、女神の力、ドリームによって翻弄された。文化は衰退し、国同士の争いにまで発展した。そして、混乱の地は戦場と化した。これこそ、エンジェルの求めていた世界である。その混乱した世界は、数百年続いている。


 ある時、大秘宝オルゴールの伝説が、またたく間に世界に広がっていく。失われたメロディや歌の力。それは、争う人々の心を静める。エンジェルの力、ドリームから奇跡的に生還したキオルという名の大発明家の最高傑作と言われる物である。


 それこそが、オルゴールであり、数多くの歌が封じ込められている。そして、一人の青年がオルゴールを発見する。青年は言う、


「これが、パンドラの箱か…。キオルの言っていたドリームを超える欲望…遂に手に入れた」


 …時は、およそ百年前にさかのぼる。僕の名はツバサ。記憶鳥の訓練生の中でも、エースと言われている。飛ぶ力だって、歌う力だって、僕がナンバーワンだ。


 僕達は、死にゆく存在だ。どんなものだって伝えられるもの、それが歌だ。僕達は、作曲家のサトシ、作詞家のヨーコを慕っている。そして二人も、僕達の歌を楽しみにしている。


 平和な時代を取り戻すために、サトシとヨーコは何度も記憶鳥を戦場に送り出した。サトシが言う、


「ドリームか。厄介だな。どうすれば麻薬の愚かしさが伝わるんだ? 麻薬などで翻弄され、殺し合っている。ガキのおもちゃにしては物騒だ」


 ヨーコが言う、

「歌の魅力が負けているとは思えないわ。しかし…」


 歌を歌うのは楽しい。多くの人達に聴いて欲しい。しかし、歌はもう必要とはされていないのだろうか? そして、数十回にわたって戦場に送られた歌のうち、記憶鳥達が辿り着いたのはわずか数回だ。僕達は、死にゆく存在と教えられてきた。それでも、僕達は伝えたいんだ、歌を!


 サトシは言う、

「伝わらなかったのは、オレの力不足だ。しかし、今度は破壊力のあるメロディが出来たぜ。ヨーコは、未来が見えたか?」


 ヨーコは答える、

「見えるはずはないでしょう。実は、少し見えたかも…。鳥達が紡ぐ歌だよ。これで、終わりにしましよう。歌が届かないなら、記憶鳥達の犠牲は無駄だわ」


 僕は言う、

「そんなことはないよ。歌が無くなるなんて嫌だよ」


 ヨーコが言う、

「すまないわね。私達が歌を独占しましょう」


 ワラウが言う、

「嫌だね。みんなが笑える世界、それが歌だ」


 ナクが続ける、

「悲しいよ。歌が届かないなんて…」


 オコルも言う、

「俺達は諦めない!」

 鳥仲間達も食い下がる。


 サトシが言う、

「最後にするよ。オレ達の歌で、混乱の地の名を変えよう。歌を愛するものが集うんだ」


 ヨーコが言う、

「本当にいいの、届けられるかどうかも分からないわ」


 ツバサが言う、

「僕達は喜んで行くよ、混乱の地へ」


 みんなも賛同する。どんな危険が待っていたとしても、僕達は歌が無くなるなんて許せない。他の作曲家達は、完全に鳥達を道具としか思っていないのにな。だからこそ、二人の歌を届けたい。


 二人の話だと、僕達の進路を邪魔する者は、食らう者らしい。僕達を食べる昆虫のハンターだ。飛び道具を持つ。恐らく、エンジェルの差し金だろう。エンジェルは、歌を恐れている。僕はそう思う。


 そして遂に、メロディと詩を一羽一羽が受け取り、飛び立つ。僕は言う、

「僕がいれば十分だ。足手まといになるなよ、みんな」


「くっ、少し出来るからって、調子に乗りやがる」

「気に食わねー」


 みんなは口々に反論する。


 僕は言う、

「ふん、ザコの遠吠えだよ」


 オコルが言う、

「今のはツバサが悪い。みんなで届けるんだ。チームワークだ」


「オコルの説教など聞いてられるかよ」

 と、僕は反発する。


 青空が広がっている。歌は今にも風に乗りそうだ。どこまでも、遠くまで…。


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