睡蓮と[リライト] その三

「おのれ…!」

「乗るな、[クエイク]! 相手の思うツボだぞ。ここは慎重に行くんだ。そうだ、[リバース]と力を合わせるんだ」

 パワーは高くないが、スピードはある[リバース]。再び[リライト]の角に噛み付く。これで[リライト]の動きを封じると今度は[クエイク]が触手で攻める。この一撃は胴体にヒットした。

「そう来るか……って!」

 睡蓮の足元が、ほんの十センチほど凹んだ。まだ[ディグ]が地面の中にいて、チカラを使ったのだ。式神同士の戦闘に気を取られていた睡蓮は、[リライト]に命令する暇がなかった。

「忘れていたよ、芽衣。君の式神がまだ、土の中に潜んでいたことをね…」

「私は覚えてたけど?」

 芽衣が言う。霧生も、

「さすがに三対一は無謀なんじゃないのか? 今ならよ、雨宮の情報さえ教えてくれれば見逃してやるよ」

 と言った。これに睡蓮は怒りを表した。

「ちょっと、図に乗ってんじゃないよ? それで本気で、ワタシに勝つ気なんだ? 随分と舐めてくれるじゃん。本当の勝負はここから……」

 途中で口を閉じてしまった。

(何だ? 睡蓮の視線が、俺や芽衣に行っていない? 誰を見ているんだ?)

 霧生が慌てて振り向くと、見覚えのある少女がこちらを見ている。

「あれは、海百合!」

 最悪のタイミングで、海百合と出くわした。

「睡蓮、何を手こずってるの? こんな奴はささっと片付けられるでしょう? それともアタシが手伝おうか?」

「……引っ込んでなよ、海百合。出る幕じゃないでしょ!」

「うるさい。それにアタシも、霧生とは決着をつけたいと思っていた」

 二人の仲は良くはなさそうだが、今回は協力するつもりであるらしい。[リメイク]を召喚してきた。

「足、引っ張んないでよ? 余計なことは絶対しないで」

「それはワタシのセリフだよ。君こそ、勝手なことは許さないから!」

 海百合は前の時みたく、筆箱を拳銃に変えた。

「これは、マズい! [リバース]も[クエイク]も、相手の式神と戦うのが精一杯だ…。俺や芽衣を守る余裕がない!」

 躊躇なく銃口を霧生に向ける海百合。そして自然すぎる手つきで引き金を引く。

バン、という銃声が鳴り響いた。

「……?」

 霧生は覚悟したが、痛みを感じなかった。制服が破れてなければ、血も流れていない。

「ふう、間に合った」

 なんと、[ディグ]が着弾する寸前で、霧生の胸に穴を開けていたのだ。弾丸はそこを通って、近くの街路樹に当たった。

「芽衣の式神…。やっぱり侮れない。睡蓮、あの虫ケラから先に片付ける。わかった?」

「ワタシに指示しないでよ。次は[リライト]のチカラで穴を塞ぐ。海百合こそ早く次の一発の準備をしなよ」

「睡蓮こそ、キミの式神の性質を忘れたの? チカラを使えば穴は塞げる。でも、[リメイク]のチカラも書き換わってしまう。それじゃあ撃てない」

 実は、[リライト]のチカラは書き換える対象を選べない。もし[ディグ]のチカラを書き換えたいのなら、[リメイク]のチカラも書き換わる。

 かといって、書き換えないのなら、[リバース]たちから攻撃される。

(雲行きが怪しくなったと思ったが、視界は良好だぜ…。二人の式神のチカラは相性が悪い。そこを突けば勝算がある!)

 地が揺れた。[クエイク]が地震を起こしたのだ。このチャンスを逃さず、[リバース]が[リメイク]に顎を広げて襲いかかる。[リメイク]も爪を立てて構えた。

 一方の[クエイク]は、[リライト]に攻撃を仕掛けた。[リライト]も[リメイク]と同じく、地に足をつけている式神。揺れた隙をついたのだ。

「睡蓮、[リライト]のチカラを使って。足元が不安定だと、こっちが不利」

「言われなくてもわかってるよ!」

[リライト]がそのチカラを発揮する。すると大きく揺れていた地面が急に大人しくなる。

「これで……」

 同時に、海百合の目の前にレンガが降ってきた。既に霧生は[リバース]を使い、レンガをカラスにして飛ばしていたのだ。それが[リライト]によって、チカラを書き消されたので、元の姿に戻って地面に落ちたのであった。

 召喚師が驚いた一瞬で、[リバース]は[リメイク]の腕に噛み付いた。さらに爪でその肩を引っ掻く。

「やっと[リメイク]に傷をつけることができたぜ…! さあ、勝負はここからだ!」

[クエイク]も攻撃に成功した。[リライト]を数メートル吹っ飛ばせた。

「っち! どうする海百合? このままじゃマズイんじゃない?」

 睡蓮は海百合に、指示を仰いだ。

「なんてことない。次は一瞬だけ[リライト]のチカラを」

 今度は睡蓮と海百合が立っている地面が波打った。海百合が頭上を見ると、またカラスが飛んでいる。

(アレが落ちてきたら、今度は当てられる。でも[リライト]のチカラが一瞬だけなら、落ちきる前にカラスに戻せるはず)

[リライト]がチカラを使った。波打つ地面は、波紋のない水面のようになった。

「やはり使ったな? 今度はかわせない!」

 霧生は勝利を確信したが、海百合は違った。彼女は持っていたハンカチを、芽衣に向かって投げた。

「いいや? 瞬きする間だけ、式神のチカラを書き換えた。すると、どうなると思う?」

 地面は再び凸凹になった。[クエイク]のチカラが通じている。すると、カラスはレンガに戻ったが、すぐにカラスに変わる。

「それが目的か! 式神のチカラ、わずかな間だけ…。あとは元通りに書き換えて戻す……。お陰で俺の爆撃は防げたってわけか」

 今の状況では、[リバース]のチカラを解いても、それが継続中に書き換えられてしまうだろう。だから霧生は、させなかった。カラスはまだ羽ばたいている。

「きゃああ!」

 隣にいる芽衣が悲鳴を上げた。同時に、ドスンという何かが地面に落ちた音が聞こえた。

「どうした?」

 芽衣の方を向くと、彼女は重たそうな錨にのしかかられていた。

「なるほど。もう[リメイク]のチカラが有効だ。ハンカチは錨に変わることができたってわけだな…」

 その錨を、どうやってどけるか…。[ディグ]や[リバース]のチカラは使った途端に、書き換えられてしまう。しかし、簡単だった。いくら重くても、[クエイク]が持ち上げられないことはなかった。

「これをくらうがいい」

[クエイク]は力任せに、錨を海百合に向けて投げた。

「海百合! 今[リライト]のチカラで…」

「それはダメ。[リライト]を使えば、空のカラスがレンガに戻って降ってくる。ここは[リメイク]にチカラを解かせ……」

 海百合は、一瞬で軽く絶望した。[リメイク]は[リバース]と揉み合っている。これではチカラに集中させることができない。ならば逃げるか? だが足元は凹凸のせいで不安定だ。

「うぅ…」

 海百合は錨を、その身に受けた。同時に地面に倒れこむ。

「やったぞ…! 海百合自身にもダメージがあった!」

 霧生は片腕でガッツポーズをしながら、もう片方の腕を芽衣に差し伸べ、起き上がるのを手伝った。

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