ハイフーンの[ダイブ] その三

 放課後に、その式神は霧生の教室に出現した。

「出たぞ、芽衣! あの始祖鳥は、間違いない。昨日のヤロウだ!」

 やはり照明から現れ、自分から襲いかかってくるのではなく、様子を観察している。

「すぐに知らせなきゃ!」

「いや、やめろ」

 芽衣が携帯を開こうとしたが、霧生がそれを掴んで妨げた。

「何で?」

「画面は光を放っている。そこから出てくるかもしれない。俺の作戦を邪魔することになるから、アイツらには事後報告でいいだろ」

「作戦?」

 既に[リバース]が動いていた。隣の蛍光灯に息を吹きかけると、それが大きなタコに変わる。

 そして始祖鳥型の式神を捕まえた。

「無駄なあがきはよしな。吸盤はそう簡単には外れない。観念するんだな」

 式神は英語で何か喋っている。離せ、とでも言っているのだろうか。

 芽衣は興介と真菰を教室に呼んだ。

「確かに、この式神だ。俺が昨日見たのと同じヤツ」

「私も間違いないとおもうわ」

 真菰も同意した。

「誰かコイツが何を言っているか、わかるヤツはいねえか? どうやら英語のようなんだが…」

 困っていると、後ろから声がする。

「どうやら、[ダイブ]だけに任せることは愚かな選択だったようだな」

「誰だ?」

 そこには、金髪の少年がいた。制服が霧生たちとは異なるので、違う学校の生徒であるようだった。

「誰よあんた?」

「名乗っておこう。私はヴィクター・スタリオン・ハイフーン。その式神の主だ」

 ハイフーンと名乗ったその少年には、闘争心を感じられない。この状況でも非常に落ち着いていて、汗も一滴も垂らしていない。それが逆に、霧生たちに不気味さを感じさせた。

「何しに来たんだ? まさかこの式神を返してくださいとか言わねえだろうな?」

「いや、私の目的はそれだ。どうしても[ダイブ]は回収しておきたい。だからこうやってこの学校までやって来たのだ。面倒だったがな」

 霧生たちは警戒を解かない。何か隠し持っているかもしれない。馬鹿正直に謝るとも思えないのだ。

「それとこの目で確認したいこともある。楠芽衣と言ったな? 式神を見せてくれると助かるのだが」

「わ、私?」

 これは何かの罠か? そう思った興介は[ハーデン]を目の前に召喚して竹刀を鉄のように硬くさせた。

「構える必要はない。確かめたいのだよ、君が持つ式神が、あの伝説の式神なのかを。違うなら私は早急にこの場を去るとしよう。さあ、見せてくれ」

 芽衣は[ディグ]の札を取り出した。

「おいおい…。こんなハイフンだかスラッシュだか知らないが、こんなヤロウの言うこと聞く必要はないぜ」

 だが芽衣としては、相手がそれほど悪い人には思えない。それに昨日、式神を傷つけたこともある。

「私の名はハイフーンだ。スペルはH・i・g・h・f・o・o・nだ。勘違いしないで欲しい。私は喧嘩を売りに来たのではないのだ」

 芽衣は手のひらを差し出すと、[ディグ]を召喚してみせた。するとハイフーンは、

「……やはり違うか。噂に聞く伝説の式神は、大地を揺さぶるチカラを持つと言われている。だが、そんなに小さな姿という情報はなかった。もっとも私が独自に追っている存在のため、情報量自体が少ないが…。まあ、[ダイブ]の翼に穴を開けたのはその式神であるらしいが」

「違うんだ…」

 少ししょんぼりする芽衣。その横にいた霧生は、

「お前、何がしたいんだ? 勝手に喋って勝手に決めて…。訳を話さないんじゃ、お前の式神は自由にはしてやらないぜ?」

 霧生はハイフーンが話してくれるとは期待していなかった。だが、

「ようし。ならば教えてあげよう」

 と言うのだ。

「とは言っても私は最前線の一兵にすぎない。だから全てを把握しているわけではない。まずそれを断っておこう。そして私は頼まれたから君たちを偵察した、ただそれだけだ」

「誰にだよ?」

「それは教えられない。だが私は言うことに従っただけ。知りたければどこに行けばいいのか、教えてあげよう」

 ハイフーンは続ける。それは親切心から来るものではなく、挑発のような態度であった。おそらく彼は、これから先霧生たちが痛い目に遭えばいいと思って教えているのだ。

「私の通う学校にいる。隣町の蜂島高校だ。真実を知りたいのなら、そこに来るんだな。そしてキーワードは『藤』だ」

「藤?」

 唐突に現れたその単語の意味がわからないが、構わずハイフーンは、

「私は事は強制しない。行動に移すかどうか判断君たちが決めることだ」

 と言った。

「あのな〜お前、そんなホラ吹いて逃げられると思ってんのか?」

 興介が前進し、ハイフーンとの距離を詰める。

「私は争いに来たのではない。[ダイブ]を回収しに来た」

 と言って懐に手を突っ込む。そしてペンを一本取り出した。

(この状況でペンなんか出してどうする気だ?)

 カチッという音がペンからしたと思ったその時、ハイフーンはそれを[ダイブ]に向かって投げた。

 ただのペンではなかった。ある一方が見えた瞬間、チラリと光を放つ。ペンライトを投げていたのだ。そしてその光が、タコに絡まった[ダイブ]の翼に当たると、一瞬で吸盤をすり抜けて[ダイブ]が消えた。ペンライトだけがそこにコロンと転がった。

「何!」

「[ダイブ]は光の中に潜り込むことができる式神……。祖国では造られた神という意味で、ビルトゴッドと呼ばれている存在。捕まえたと思っている相手から救い出すことなど、簡単極りないことだ」

 彼は反転した。

「ちょっと、逃げるの?」

 真菰が言うとハイフーンは後ろ姿のまま頷いた。彼からすれば、目的は達成したので長居することは意味がない。そして戦うわけでもないので、余計なことをする意味もない。

 この後はどうするのかは、残された霧生たちに委ねられた。

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