第四話 藤の名を持つ者
海百合と[リメイク] その一
「俺はまず現状を整理するべきだと思う。ハイフーンが言っていた人物は俺や真菰を脅していたヤツかもしれない」
「もー、そんなことよりも仲間を増やすことの方が先だわ。多いことに越した事はないわ。この学校にも探せば何人かいるはずよ」
「いい、霧生? 勝手な行動はしないでよ? 焦る必要なんてないんだから、ゆっくり考えよう」
そんなことを周りから言われたが、霧生は全て無視することにした。今彼は学校をサボって隣町の、蜂島高校に来ている。
「中高一貫校で一学年あたりだいたい生徒数は中等部百二十程度、高等部はその倍か。偏差値は県内の私立では一番高い。つまり出会いの機会が多ければ、頭がいい子もたくさんいるってことだ」
ハイフーンの言葉通りなら、ここに何者かがいるはずである。そしてその人物は、『藤』に関する人物でもある。
「一番思い当たるのは苗字だが…それだと該当するのが多いな。佐藤に加藤、後藤とくるとキリがない」
霧生は、母親の旧姓が藤枝であったことを思い出したが、親戚に召喚師の類はいない。となると、やはりこの蜂島高校の生徒だろうか?
この時間帯は授業中である。霧生は変に怪しまれないように物陰に隠れながら移動した。
「教室を一つ一つ回っていくのも面倒だ」
霧生は一度校舎の外に出て、乱暴に放置されている机を見つけると[リバース]を召喚し、それをイノシシに変えさせた。
「いっちょ、暴れ回ってこい!」
イノシシを解き放つ。真っ直ぐ昇降口に向かっていった。数分後、校舎内から怒鳴り声や悲鳴が上がる。
こういうケースでは、全校生徒は避難行動を取ることになっている。おそらく校庭に集合だろう。だが逆に霧生は、[リバース]に乗って屋上に移る。彼は屋上で[リバース]に、校庭を見渡させるつもりである。そして式神は召喚師にしか見えないので、目が合った生徒が今回のターゲットということになる。
数十秒もすれば最初のクラスが校庭にやって来た。
「どうだ[リバース]? いるか?」
「グルル……」
返事のトーンが低い。まだのようだ。だがこの学校の生徒数を考えれば、いきなり発見できる方がおかしい。ゆっくり待つことにした。
その後も続々と生徒たちが校庭に避難して来るが、驚くことにそれらしい人物がいない。ハイフーンは見つけられたが、本当にそれだけだった。
「作戦がバレているのか? そんなバカな…」
それともハイフーンが[リバース]のチカラを喋ったから、警戒されているのだろうか。口封じをしておくべきであったか。
そんな思考を巡らせていたその瞬間、屋上への扉がガラガラと開いた。
現れたのは、メガネに三つ編みの少女だった。
「残念。あんな見え透いた罠に引っかかるとでも思ってたの? バカじゃん」
「おおっと! 誰だい君は? 自己紹介してくれると嬉しいんだが…」
「アタシは、藤井海百合」
海百合はそれ以上言わなかった。察しろと言いたげな表情であったので霧生も何を意味しているのかすぐにわかった。
「……つまり君が、ハイフーンの言う召喚師ってわけだね。キーワードも苗字に含んでいるし、間違いないだろう」
「キーワード? あのブリティッシュ、そんな余計なこと言ってたんだ? 後で制裁しておかないと。病院送りがちょうどいいかな?」
海百合は淡々と述べる。あまりにも冷たく語るので、霧生は少し寒気を感じた。
「そんなことより、避難しなくていいのかよ? 生徒数を数えて足りなかったら大変じゃないのか?」
「別に。教師の言うことなんて聞く価値すらないし、怒るだけ怒らせとけばいいんじゃない?」
そんなことを平然と言ってのける海百合に、霧生はさらに恐怖心を抱いた。
「アタシの興味はキミにある…。イノシシはキミが侵入させたんでしょう? でもそんなことはどうでもいい。大事なのはその式神に、何ができるか。ハイフーンから少しは聞いたけど、百聞は一見にしかず、ってね」
海百合はワイシャツの下から札を出した。もう片方の手はポケットに突っ込むと、筆箱を取り出した。
「何をする気だ? できれば女性とは戦いたくはないんだけど」
「はあ、舐めてるね。なら後悔させてあげる」
海百合が召喚した式神は、白虎のような見た目であった。その爪が筆箱に触れると、その形がみるみると変化していく。
筆箱は、拳銃に姿を変えた。
「それが君の式神のチカラか!」
「アタシは[リメイク]って呼んでる。その名の通り、物から新しい物を作り出す…。キミの式神と似てるかもね、偽りの姿を捨てさせて、真実の姿を導くのは」
銃口を霧生に向け、撃鉄を起こす。手は少しも震えていない。つまり海百合には明確に、撃つ意思があるということ。
そして海百合は引き金を引いた。弾丸は霧生に向かって飛ぶ。だが、[リバース]がそれを腕を振って弾いた。
「なかなか速いね、その式神。しかも今、チカラを使った。アタシじゃなかったら気づくことすらできなかったかも」
「………!」
霧生は無言だった。言うことがなかったのではなく、声すら出せなかったのだ。今弾いた弾丸は、[リバース]のチカラでスズメバチに生まれ変わらせた。一瞬の出来事であったのに、それを見抜かれている。本来ならすぐにでもスズメバチを飛ばしてやりたいところだが、バレている以上それをしても無駄である。
「どうしたの、さっきまでの威勢は? もうビビり上がったわけ? だらしない」
言いたい放題言われているが、反論できないのも事実。何か作戦が必要だが、自分の動作一つ一つに海百合は目を光らせている。これではポケットに手を入れることすらままならない。
また海百合は撃った。正確にスズメバチを撃ち抜いた。スズメバチはバラバラになると同時に、元の姿に戻る。一度弾丸になると、すぐに消しゴムに姿を変えて地面に落ちる。
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