ハイフーンの[ダイブ] その二

「んー。またメール?」

 真菰は自分の携帯が振動していることがわかったので、バッグから取り出した。送り主は興介であった。

「画面から出て来る式神に気をつけろ。…ってそれ、メールで知らせるなんてどうかしてるわ。全く霧生といい興介といい、召喚師の男は変わってるわ!」

 一応用心のため、[ドレイン]を複数召喚しておく。

「真菰、後ろから男子が一人近づいてくるぞ」

 実は[ドレイン]は喋れる式神である。だから言葉で警告をしてくれる。真菰が振り向いて確認すると、見かけない生徒が歩いてきた。

「ねえ君、蘭さんでしょう? あのさあ…」

「んー? お断りよ」

 相手の下心がわかったので、真菰は誘い文句を言わせず、門前払いした。すると男子はうなだれて去っていく。

「今のヤツ、運動能力が高かったぞ。念のためにコピーして保存しておくか?」

「そうするわ」

 札から[ドレイン]を一匹出すと、さっきの男子に向かわせた。[ドレイン]がコピーできるのは何も式神のチカラだけではない。一般人が相手なら、その長所をコピーできるのだ。そして自分に対してそのチカラを使えば、完璧に真似ることができる。

 一瞬だけ触れると、[ドレイン]はすぐに戻ってくる。

「どうやら野球部のメンバーで、そっちの運動神経が優れてるぜ」

 ちょっと微妙である。なぜなら真菰は運動部に所属してなければ、女子生徒は体育の時間にはソフトボールぐらいしかしない。

「その長所は捨てないでよ? 念のため取っておくわ」

 話を式神に戻す。画面から出てくる式神について調べてみたいが、今携帯を開けばそこから出てくるかもしれない。

 だが興介が教えてくれた式神は…なんと真菰の頭上の照明器具から飛び出した。

「え?」

 反応に遅れた真菰。相手の式神はこちらを観察している。

「[ドレイン]! 何かが私たちを狙ってるわ…。対処するわよ」

 札から違う[ドレイン]を出した。一匹一匹コピーしているチカラが違うので、この状況に応じたヤツを選ぶ。

「アレは羽根も生えているし、速そうね。だったらプラズマしかないわ。霧生には通じなかったけど、普通は対処できるわけがない!」

 プラズマを使える[ドレイン]を繰り出すと、構えさせる。幸いにも相手の式神は動こうとしていない。この間合いなら、外れるわけがない。

「撃ちなさい!」

 発射した。何でも消し炭に変えるプラズマである。

 だが驚いたことに鳥のような式神は…プラズマに当たると同時に消えた。

「………? ねえ[ドレイン]? 今のプラズマは、式神が当たるとどうなるのよ?」

「普通に炭に変わるはずだぜ? いくら式神でも、一瞬で蒸発なんてしねえだろう」

「そう…よね?」

 周りをキョロキョロ見て探すが、どこにも消し炭は落ちていない。

「もしかして、何かチカラを隠し持っているのかしら? だとしたら興介たちにも教えておかないとヤバいわ」

 慌てて携帯を取り出した。画面を立ち上げた瞬間、相手の式神はそこから飛び出した。

「きゃああ!」

「大丈夫か、真菰?」

 真菰が一番恐れているのは、敵の強襲である。[ドレイン]の耐久力は皆無と言ってもいいほど低い。だから突然襲われると、どうしても防げないのだ。

 だがその心配は、必要なかった。いくら用心してもこの日真菰が再びその式神を目にすることはなかった。


「戻ったか、[ダイブ]」

 ハイフーンは自室にいて、机の上の電気スタンドから[ダイブ]が出てくるのを、ビーフジャーキーを食べながら見ていた。傷ついた翼を撫でてやりながら[ダイブ]の報告を聞く。

「二人なのか、負けたのは。他の奴らはまだ動かせるんだな?」

 しかし、[ダイブ]は違うと首を横に振る。

「新しい召喚師? それが霧生とかいうヤツだろう? 違うのか?」

[ダイブ]の報告によれば、転校生は霧生といい、物質を生物に変えるチカラを持つ式神を所有している。だがそれとは別に、在校生で自分たちが把握していなかった召喚師がいるらしい。

「それは驚きだ。すぐに海百合に知らせなければな」

 携帯から電話をかける。[ダイブ]が海百合のところに行けば一番手っ取り早いのだが、[ダイブ]と会話できないので自分が話す。

「もしもし、早いじゃない。もうわかったの? それとも予定が狂ったとか?」

「新参者は霧生というらしい。式神のチカラは物を生き物に変える。東洋のドラゴンのような外見だ」

「もうそこまでわかったの。偉いね」

「だが重要なのはそこじゃない。[ダイブ]がダメージを受けて帰って来た。他にも召喚師がいるのだ」

 電話越しでも、海百合が困惑しているのがハイフーンにはわかった。

「つまり…」

 長くなるが、一から説明するしかない。

 海百合はすぐに把握してくれた。すると、

「じゃあソイツ…。徹底的に調べといて。できない、わけないよね?」

「任せろ。明日にでもまた[ダイブ]を向かわせる」


 次の朝早くから、四人は学校に集まった。

「昨日の鳥型の式神の件だが…」

「鳥じゃない。トカゲだ」

「うるせえぞ興介。あれは間違いなく鳥だ」

「じゃあ間を取って始祖鳥にしようよ?」

 二人はそれで納得した。

「日本語ではなかったが、明らかに喋っていた。そして光るものの中に潜り込むチカラがある」

 霧生の[リバース]は言葉こそ発せられないが、叫んだり唸ったりすることはできる。だがあの式神はそうではなく、ちゃんと喋っていた。

「光に? 液晶画面に潜むんじゃなくて?」

 興介が意見した。昨日の動きはどう考えても、携帯の画面に潜んでいたとしか考えられないのだ。

「光るものだから、か? 照明器具、携帯。二つとも光を放つ。放たれる光の中に潜める式神ってことだ。光を水のように、それに潜る魚みたいなもんだな」

「むー。なら、プラズマが効かないのも納得だわ。プラズマも光ってるから、当たった瞬間に潜ったのね。随分と器用な式神だわ…」

 だが式神のチカラ以上に謎なことが、四人にはあった。

「問題なのはどうして再び現れないのか、だ。俺たちを襲うつもりじゃないのか? 目的が不明だ。これじゃあ今日も出てくるのかそうでないのか、判断のしようがない」

「一応警戒はしておこう。無防備よりも少しはマシだと思う」

 興介は[ハーデン]を召喚した。式神を出しっぱなしにするのは、いつのまにか攻撃を受けるかもしれないというリスクこそあるが、出しておかないことよりも安心感を得られる。式神は召喚師にしか見えないことも助けになる。

「俺もそうするか。[リバース]」

「お願い、[ドレイン]」

 霧生も、真菰も自分の式神を出した。だが芽衣はそうしなかった。それは芽衣の[ディグ]が手のひらに乗るサイズと小さすぎるからではなく、

「あの式神は敵なの? 実は味方を探してるとか、ない?」

 昨日唯一あの式神にダメージを与えたのは、芽衣の[ディグ]だ。だが始祖鳥型の式神は、反撃をしなかった。もしかしたら、戦うつもりがなかったのかもしれない。そう考えると、攻撃したことに罪の意識を感じてしまう。

「何舐め腐ったこと言ってんだ、芽衣? そんな意識で命取られたらどうする? 降りかかる火の粉や式神、危険はよ、完全に排除しねえといけねえぜ!」

 一秒も与えてもらえず、霧生に却下された。

「とにかく見つけたら捕まえるぞ。これ以上変な動きはさせない。最悪破壊…はできるんだっけか?」

 興介は、

「可能だ。原型を留められないぐらいのダメージを与えれば。[ハーデン]や[リバース]なら十分に破壊できると思う。[ドレイン]は…微妙かもしれないけど、チカラさえ使えば十分なはず」

 ならば、大丈夫だ。霧生たちは戦う姿勢を構えた。

「じゃあ、気をつけましょうね。発見したらみんな、知らせること。いいわね?」

朝の作戦会議はそれで終了した。

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