第三話 潜む式神

ハイフーンの[ダイブ] その一

 隣町のとある高校に、藤井ふじい海百合みゆりは通っている。三つ編みにメガネをかけているいかにも地味な見た目のおかげで、何事もなく平凡な日々を送れている。

 しかし、榎高校に転校してきたという少年のせいで、焦りを感じる羽目になった。学校の廊下で、知り合いの男子を捕まえた。

「ハイフーン、聞いてる? その少年の素性を知りたい。アタシの式神よりもアンタの方が適任。だから調べて、早急に」

 同じ学校に、イギリス人のヴィクター・ハイフーンという男子がいる。国が違っても式神を操れるのには変わりない。

「面倒なのだがね。ま、しょうがない」

 ハイフーンが札を出すと、彼の目の前に羽根の生えたトカゲ……すなわち始祖鳥が舞い降りた。

「[ダイブ]! お前に命じる。転校生に近づき、式神のチカラと誰が負けているのか、仲間はどいつなのかを見てこい!」

[ダイブ]と名付けられた式神は喋ることができるが、全てが流暢な英語なので海百合には何を言っているのかはわからない。

「日本語はわかるんだ、喋れないくせに。変わってる」

 式神を召喚するところを見たら、もう言う通りにしてくれるだろう。あとで報告をしてもらうだけだ。

[ダイブ]は廊下を照らす照明に向かって飛ぶと、その中に消えていく。光の中に潜むことができる式神なのだ。

「光から近くの光へ。流石に太陽光には潜れないけど、光なんて町中にある。すぐに徹底的に調べ上げてやろう」

 次の瞬間には[ダイブ]は、昇降口の照明に移っていた。速さも非の打ち所がない。そしてさらにまた数秒すると、校門近くの街灯に忍び込んでいる。

「いつまでかかりそう?」

 海百合が聞くと、

「最大で一週間か? いやもっと早くさせる。戻って来たらすぐに知らせてやるから、待っているがいい」

「期待してるから。なるべく早く、ね?」

 ハイフーンは、ああ、と頷いた。


 一方その頃榎高校では霧生が、芽衣に話しかけていた。

「式神と召喚師については…なるほど、理解した。でも式神を作るってのがよくわかんねえな」

「そんなの私も知らないよ? 真菰にでも聞けば?」

「いやいやいや、あそこまであからさまに美人だと逆に手を出しずらい。芽衣ぐらいがちょうどいいんだ」

「それは私の評価が低い系?」

 ブンブンと首を横に振る霧生。だが芽衣は遠回しに可愛くないと言われているようで不愉快だった。

「まあ人生は長いんだしよ、ゆっくり探索していこうぜ? そうすれば自然とできることも増える」

 能天気なことに、霧生は前向きだった。

 だがそののほほんとした顔は、すぐに崩れ去ることになる。

 教室の照明が一瞬だけ、瞬いた。

「ん? なんだ?」

「さあ? 電気の寿命かな?」

 二人の視線は天井に向けられた。照明はいつも通り点灯している。

「まあよくあることだ。先生には報告しておくか」

 しかし、次に起きたことは普通ではなかった。なんと鳥のようなものがその照明から出てきたのだ。

「な、なんだと! これは! 式神だ! 間違いねえ! 芽衣、[ディグ]の準備をしろ!」

 霧生も札を構える。まずはあの式神の様子を伺う。相手はこちらを見ているだけで、襲いかかってくる素振りをなかなかみせない。

「今度は一体、誰の式神なの? まだこの学校に召喚師がいるってこと?」

「そいつはわからねえ。でもあれが普通の鳥じゃねえことは確かだ」

 窓の方に目を向ける。ちゃんと締め切られている。ということは、何かしらのチカラでここにやって来たということ。

 霧生には策があった。あの照明器具を[リバース]のチカラで生物に生まれ変わらせれば、床に落とせるかもしれない。すぐに召喚すると、構えさせる。

「行けぇ、[リバース]!」

 だがその式神も、[リバース]と同じぐらいスピードがあった。一瞬で照明に潜り込むと、[リバース]の拳をかわした。だが霧生の狙いは式神ではなく、照明だ。偽りの姿を捨て、真実の姿を解き放つ。照明はとても目立つ、クジャクに変化した。

 だがここで、予想外のことが起きる。相手の式神の姿がないのだ。

「速いことはわかったがよ、どうしてどこにもいない?」

 チカラを理解しなければ、対処のしようがない。

「霧生! 後ろだよ! そこにいる!」

 芽衣が叫んだ。振り向くと確かにそこに式神が、降り立っていた。

「どうなっている?」

 相手の式神は、攻撃してくることなくこちらの様子を伺っている。異国の言語で何かをブツブツと言っているが、霧生も芽衣にもそれがなんなのかはわからない。

「[ディグ]! お願い!」

 芽衣は自分の式神を投げた。

「まかせて〜」

[ディグ]は相手の式神に取り付くと、穴を開けた。今度の穴は前とは異なり、ダメージが生じているのか、鳥型の式神は叫ぶ。

「オオーッン!」

 これでこちらが優勢か。霧生は[リバース]にボールペンをトンボに変えさせると、それを相手に向かって飛ばす。トンボの顎は強固で、人でさえ噛み付かれれば出血は免れない。だが、相手の式神の行動はというと…。違う照明に向かって飛んだ。それに潜り込んだ。

「またか! どうやら光るものに潜航できるチカラらしいな。大したことはない。俺の[リバース]と芽衣の[ディグ]のチカラを合わせれば十分に退けられるだろうよ。準備はいいか?」

「いつでも大丈夫!」

 二人は注意深く、教室中の照明器具と、周りの光を放つものを目を凝らして観察した。だが、数十分経ってもあの式神は、姿を現わすことがなかった。


 体育館の裏で興介は、周りに人がいないことを確認すると、竹刀を振って素振りをした。大会に出ることはもう、高校生活では叶わないだろうが、腕が鈍るのも嫌ったからだ。

「面! 胴! コテ!」

[ハーデン]のチカラで硬くした樹木を練習相手にしている。今日は思った通りの剣さばきができた。

 少し休憩しよう。そう思って携帯を開いた。その時だ。

 なんと携帯の液晶画面から、鳥ともトカゲとも言えない何かが飛び出してきたのだ。

「うおおっ! なんだこれは!」

 突然の式神の強襲に驚く興介だったが、切り返しも速かった。携帯を[ハーデン]に触れさせてから地面に落とし、竹刀を振り下ろす。興介は自分の携帯に何かが潜んでいると考え、攻撃することにしたのだ。彼の実力を考慮すれば、一発で仕留められるだろう。竹刀は携帯に当たる。両方とも壊れない。

 次は飛び出したトカゲモドキだ。興介の近くを、ゆっくりと歩いていた。

「なんだか知らないが、襲いかかるのなら容赦はしない! くたばれ!」

 見事な太刀筋であった。普通の生き物なら、まず避けることはできないだろう。だが携帯から出現したそれは、興介ですら驚くぐらい鮮やかに竹刀をかわした。

「コイツのこと……。霧生たちに知らせるべきか? 俺一人じゃ苦戦は避けれそうにないな」

 だが、同時に見失ってしまった。いくら周りを探しても、それらしい姿が見えない。

「何だったんだ、今のは?」

 考えても答えが見出せないこの出来事。興介は霧生と芽衣、それに真菰にメールを送った。

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