第3話 ラリステイションと独楽出老人
僕がホームに下りてきた時、彼女は弁当を食べずに待っていてくれたのだった。
一分もせずホームに音が響いて次の救命艇が来て、初老の男が仕方ないと言わんばかりに溜め息で合図すると、よぼよぼの三人がそれに乗って暗がりのレールの向うへ走り去って行った。
「次のは18時28分発……ちと遅い。その次が18時35分だが、これは多分もう駄目だ。次のが、おそらく、最後じゃ」
「ご老人、すいませんが、少々説明してください。ここは一体何処なのか、そして何故この飛行艇はもうすぐ沈むと言うのか……」
「わしは独楽出と申す。独楽出老人と呼んで下さればよい。話すだけの時間はできた。彼女と二人、売店で買った弁当を食べながら聞くがよかろう。先ず、ここはラリステイション」
幾ら話を聞いても、この飛行艇はラリステイションという名で、本来は他の旅の飛行艇が停泊し(一度に五十台まで収容できるという)、旅人が食事や仮眠をとったり、宿泊したり、またレジャー施設まで整った巨大飛行艇だということ、このことに関して説明が事細かになるだけで、他には、とにかく今はもう燃料がなくなって落ちるのを待つしかないこと(これは半年も前からわかっていたことで、その頃から先程の小型救命艇が出だして、若い乗組員や従業員から脱出していった。救命艇の発車時刻は最初から決められていたのだという)、この独楽出老人は、最後を取り仕切るため残された一級飛行艇士であること、くらいしかわからなかった。
つまり、地震のことや地上のことは向こうから聞いてもこないし尋ねてもさっぱり耳を貸さない、自分と女性がなぜ遅れて何処から来たのかも聞こうともしなかった。そして時間もなくなっていった。もうすぐ最後であるらしい救命艇の到着時刻だ。何か聞き出せないか……
「売店のおばさんは、まだ残ったままです……あの人は、いいんですか……」
彼女がそう聞いた。
あと一、二分。これが最後の質問か。待て、救命艇に乗れるのは三人、あと一人は誰が乗る? その売店のおばさんが相席になるのか? あ、それとも……
「かっ、かっ、あんなものは売店のおばさんじゃなくてお婆さんじゃよ、嬢ちゃん。あれもここに残る覚悟のよぼよぼの老人の一人じゃあ。気を遣わんでもいいんだよ、優しい嬢ちゃん」
そうだ。この独楽出老人は多分乗るんだ。他の「よぼよぼの老人」達は皆、ホームの汚れた壁に、シミのようにくっ付いてうずくまっている。そういうことなら、まだ艇内でゆっくり質問できるじゃないか? この先何処へ行くのかはわからないが、そういうことも含めて、幾らか長く話す時間はあるだろう。
風の音に混じって、かすかに救命艇の音が薄暗い闇から聞こえてきた。
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