第1話 この旅の終わりまで
電車から降りて、線路脇にあった柱を背もたれに、一息付く。
さてどうしたものか。
各車両から脱出してきた人達が、街の方へと田畑の畦道を歩き出している。
まだ車両の上にいて、中の人を助けようと懸命に声をかけ、動いている人達もいる。
近くで作業をしていたのか、駆け付けてきたらしい農作業姿の人の姿もある。
ところで、さっきの彼女は、どこへ行くでもなく、柱の隣でちょこんと腰かけている。
「あの……皆さんはこれから、どうやって家に帰るんですかね? 私、あんまりお金持ってなくって、……例えば皆さんは、持ってない人達はどうするのかなあと……」
「人それぞれ、歩いて家に帰れる人は歩いて帰る。少し遠い人は、何とか歩いて帰るか、もし、家族に迎えに来てもらうようなことができるなら、迎えに来てもらう」
「もっと遠い人は……」
「あの、ちなみにどちらなのです? お住まいは」
「三重の津市なのです……」
「地続きな以上、歩いていけばいつかは三重に着きます。しかし、時間が……実は、僕も三重の鈴鹿市なのですが。向こうがどうなっているのかわからないけど、この様子じゃおそらく交通機関は絶望的なのではないでしょうか」
彼女は、すぐ隣の市なんですね! と少しだけ嬉々として言うが、
「ええでも、何日もかかります……」
と困った顔をする。
「とにかくそれでもまずは街の方へ行くしかないでしょう……あの、一応、一緒に行きます? と言ってもまあ、皆こぞって街の方へ歩き始めていますけど」
転倒した列車の周りはまだ騒がしい。車両から運び出されている怪我人も見える。沢山の人が、もう街の方へ歩いて行っている。
彼女は、行きましょうか。と頷く。
僕はひとつ、意を決して聞いた。
「僕は思い切って提案をしてみようと思うのですが……」
「は、はあ……」
「では、その三重に着くまで一緒に行く、というのはどうでしょうね? 交通機関がどれもだめで、徒歩で三重に戻る。幾日もかかる。一人より、二人で協力し合えるなら」
「でも、私お金持っていないから……」
「僕はかまわないので。何か要り様となれば、その時は」
「でも……」
本当にいいんですか? それにどうして? と彼女は聞く。
誰か、ロープを持ってないか、と目の前を若い男が走っていく。救助のため車両によじ登る人、車両から出てきて歩き遠ざかっていく人、人……。
「何か、こうなってこう今一緒にいるのも、縁、ではあると思うし、……僕はそう思えるし。いやその、僕みたいなのと……と言うかまあ見知らぬ男と行くのはちょっとということなら別ですけど……」
ご家族は? と僕は聞く。
津に父母がいて、と彼女は答える。
もし街で電話がつながり、向こうの方が無事で迎えに来てもらえるなら一番いいですけどね。と僕は言う。
見渡す限り、街の方ではあちこちから煙が上がっているのが見える。ずっと向こうの方まで。
「私は、いいんだったら、……お願いします」
「但し条件はあります」
「えっ?」
「条件は、たとえば僕より格好よくってお金持ちの男が、君を助けてあげようと来ても、ついていかないこと! ……かな?」
「い、行かないよおきっと……」
「でも……さっきのは冗談です。もし本当にそういうことがあったら、あなたの判断で、勝手について行ってもらってけっこうです。僕の方ではいかなる理由でも止めないから、どこまで一緒に行くかは、あなたのご判断で、ご自由に……」
「けっこう冷たいんですね」
「えっなんで?! や、そういう風にとられました……? ただ、俺は自分に自信がないから……」
子どもの泣き声、救助隊がもうすぐ、足の骨が……などと周囲で声がしている。
「どうしてですか? さっき助けてくれた時……十分勇気もあってしっかりした人だなって思いましたよ」
彼女はそれより、敬語で話すのやめませんか? そんなに多分年違わないでしょ? と付け加える。
「あんなのは……」と僕は言いかけて、え? 敬語ですか? と少々戸惑う。「いっぺんに二つのことを言わないでほしいですけど、たぶん敬語の方は無理、癖みたいなもんだから……ほら、なんだか使わないとやっぱりヘンな違和感があります……」
彼女は、ならどっちでもいいですかと言い、連絡は付きますかね……と考えている。
「とにかく、行きますか。あの、こんな時に不謹慎かも知れませんけど、……彼氏はいらっしゃるんですか?」
列車の影から、頭に薄っすら血をにじませたおじいさんが現れてちらと僕らを見て、通り過ぎて行く。
「いない、いませんよお」
「いや、たとえば別に彼氏がいたならいたで、なんだあ、なんて放り出すわけじゃないですよ。もちろんね。いたとしても、〝この旅の終わりまで〟、ご一緒しますよ。あくまで、三重に着くまでの、それまでのペア、ってわけです。やましい気持ちを、いだくこともなくね――(いだくことなかれ)……。」
「最後のは、
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