第16話 伝説のカクテルを求めて

「みんな知ってると思うが昨日宿儺がバーカウンターで倒れた。ひいては今後の打開策を考えるために緊急の魔王軍会議を執り行う」


 俺がそう述べるとこの場に集まったフラム、リル、サモンがゴクリと唾を飲み込んだ。


 皆何度聞いても信じられないといった表情である。


 かくいう俺もあの宿儺が倒れている所なんか見た事がなかったからかなり動揺している。


 魔王軍の中で一番幹部歴が長いサモンでさえ


「三月もの間、戦い続けても決して倒れることのなかった両面が倒れるとは、信じられませぬ」


 神妙な顔でそう述べた。


「で、トウマ。宿儺の具合はどうなのよ」


「とりあえずは急を要する外傷はなかった。強いて言えば六本の手首全てに腱鞘炎をおこしているくらいだ。ただ何より疲労がひどい。医者に見せたが三日は目を覚まさないそうだ。しかし命に別状はないとのことだ」


「よかった~。スックーにもしものことがあったらどうしようかと思ったよ」


「ええ、そうね。でも、あの宿儺が倒れるなんて。そんなに思いつめていたのね」


「うむ。両面は変に真面目なところがあるしの」


「でも、命に別状はないし、ゆっくりすれば治るんだよね。とりあえずは一安心だよ」


「いや、事態はそうもいっていられない」


「どういうこと? だってスックーは休めば元気になるんだよね」


「確かにトウマの言うとおりね」


「フーちゃんまで、なんで?」


「それはのリルよ。このまま両面が退院したとしても……」


「このまま宿儺が退院しても同じことを繰り返すからだ」


「……トウマ様の言う通りじゃ」


「――ッ!? つまりまた無理をして倒れちゃうってこと。それじゃ一体どうすればいいの!?」


「それはのリルよ。我々で……」


「私たちで宿儺が求めてたオリジナルカクテルを創り出すのよ」


「……フラム嬢の言う通りじゃ」


「スックーが1ヶ月かけても作り出せなかったカクテルを私たちが完成させるってこと!? そんなことができるの?」


 リルの最もな意見に皆目を伏せる。


 確かにリルの言う通りだ。ちょっと出来のいいカクテルを作りだすのとはわけが違う。


 俺達が求めているのは、あの武神両面宿儺がその命を削ってまで完成させることが出来なかった逸品だ。


 そう簡単に出来る代物じゃない。


 会議室を重たい空気が支配した。


 そんな時、会議室の扉をトントンと何者かがノックした。


 俺はノックの主に部屋に入るように促す。


 するとおずおずとした表情で入ってきたのは宿儺の部下で、現在魔王城内の医務室で宿儺の面倒を見ている骸骨ソルジャーであった。


「急にどうした。何か急ぎの用か?」


 俺がそう尋ねると骸骨ソルジャーはがらんどうの目を困ったように伏せ、たどたどしく言葉を発した。


「実は、宿儺様が先ほど目を覚ましまして、皆さまが来ていることを伝えたらどうしてもこの会議室に連れていくようにと」


「なに!! 宿儺が目覚めたのか!?」


「はい。なるべく休んで頂けるように車椅子にてお連れ致しましたので。おい、宿儺様をお連れしろ」


 骸骨ソルジャーが廊下に向けて声をかけると巨大な車椅子を骸骨兵たちに押され、ぐったりとした様子の宿儺が入室してきた。


「宿儺、体調は大丈夫なのか。だいぶ顔色が悪いぞ」


 明らかに体調が悪そうな宿儺に声をかける。


 すると、宿儺は疲れ切った顔をギ、ギ、ギ、ギと俺の方へ向け言葉を発する。


「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ」


「!?!?」


「えっスックーどうしたの!?」


 驚愕に身を固める俺に変わり、リルが宿儺に声を掛けるが返ってくる言葉は


「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ」


 壊れた声色で紡がれる『イラッシャイマセ』という音のみだ。


「どういうことなの? 骸骨ソルジャー」


「それが、宿儺様はBARを開店させたときにお客様に一流のおもてなしをするために、オリジナルカクテルを作成すると同時に最高の『いらっしゃいませ』の一言の研究をされていたのです。しかし、宿儺様は自分に厳しいストイックな方なので最高の『いらっしゃいませ』を完成させるために常にその口は『いらっしゃいませ』の8文字を紡いでおりました。

そして先日過労で倒れたショックも相まって、現在宿儺様の口はその8文字以外発することができなくなってしまわれたのです」


「そんなバカな話がありえるのか!?」


 俺は思わずツッコミを入れてしまうが、宿儺のあの真面目な性格を考えればありえない話ではないのかもしれない。


 他の幹部の顔を見渡すとみな俺と同じ結論に至ったようで、目が合うと皆神妙に頷いてきた。


「両面がそこまで思い詰めていたとはの」


 サモンがそう口にして宿儺を見るが返ってくるのは


「イラッシャイマセ」


 この8文字のみだ。


「イラッシャイマセ。イラッシャイマセ。イラッシャイマセ」


 宿儺が一生懸命俺達に何かを伝えようとしているが、全くわからん。


 魔獣との会話もある程度でき、俺らの中ではもはや珍獣と化した宿儺と会話できる可能性が最も高いリルに視線を向けるが、物凄い勢いで首を横に振られた。


 そうか、今の宿儺は魔獣よりも意思疎通が出来ない生物になってしまったか。


「にしても参ったな。会話が出来ないんじゃ、話し合うことも出来ないぞ」


 俺が額に手をおいている間も宿儺は一生懸命『イラッシャイマセ』を連呼している。


「そうね。とりあえず宿儺が普通の言葉を喋れるようになるまで待つほかなさそうね」


「ですな」


「だね♪」


 俺らの中で今後の方針が決まりかけた時、恐縮そうに骸骨ソルジャーが手を挙げた。


「ん? どうした」


「あの。もしよろしければ私が宿儺様の通訳をいたしましょうか?」


「スックーの言ってることがわかるの!? 魔獣語がわかる私でもわからないのに!?」


「ええ、一応わかります。ちなみに先ほどまで宿儺様は『みんなに迷惑をかけてしまってすまない』とおっしゃっておりました」


「本当なのか宿儺」


 すると宿儺は首を縦に振った。


 どうやら骸骨ソルジャーの言ってることは本当らしい。


「驚異的な能力ね」


 フラムが感心したように言葉を零す。


「イラッシャイマセ。イラッシャイマセ」


「え? 宿儺様いくら何でもそれはすこし無理があるのではないですか!?」


「どうした? 宿儺はなんて言ってんだ」


「それが『俺はもう大丈夫だから。今日からまたオリジナルカクテルづくりを始める』とおっしゃっております」


 心配そうな顔で骸骨ソルジャーが宿儺の言葉を翻訳する。


 骸骨ソルジャーがあんな顔をするのも当たり前だ。今の宿儺は車椅子に乗って、顔色も最悪だ。そんな状態でオリジナルカクテルなんて作れるはずはない。


 全くさっき心配してた通りだ。宿儺の生真面目な性格が完全に裏目に出ている。


 そして俺と同じ結論に至ったサモンが宿儺に諭すように話かける。


「しかし。両面よ。いくらお主でもその身体ではシェイカーを振ることは叶わぬよ。今はゆっくりと身体を休めるのが先決じゃ」


「その通りね。今はゆっくり体を休めることが第一優先よ」


「サモジイとフーちゃんの言う通りだね」


「というわけだ。プロジェクトの責任者として俺からも休養を命じる」


「宿儺様!?」


「イラッシャイマセ!! イラッシャイマセ!! イラッシャイマセ!!!」


 俺らの言葉に宿儺が車椅子から立ち上がり、猛抗議をしてくる。


 骸骨ソルジャーに目配せすると


「『俺は大丈夫だから、ついさっきもこれこそはって思えるレシピを思いついたんだ! 休んでる暇なんてない。俺の身体なんかよりも一刻も早くお客様に最高の癒しを与えるカクテルを完成させなければならない!! だから俺は絶対に休まない!!!』と申しております」


 宿儺の想いは分かる。だが俺はプロジェクトの責任者として仲間が無理して働くなんてこと断じて認めることは出来ない。


「いくらお前がゴネても俺の気持ちは変わらない。今は休め」


「イラッシャイマセ!!!」


 宿儺が俺に詰め寄ろうと駆け寄ってくる。


 だが明らかにその足腰に力はなく、俺に辿り着く前にドシャンッという轟音とともに膝をつく。


「フラム。頼む」


「ええ、わかったわ【睡眠魔法スリピヨ】」


 するとフラムの右手から放たれた睡眠作用のある薄紫色の霧が優しく宿儺を包み込む。


「イラ、ッシャイ、マ……セ」


 そして宿儺はゆっくりとその目を閉じ、眠りについた。


「まったく、普段のアナタなら『睡眠魔法』くらい抵抗レジストするでしょうに。どんだけ疲れてるのよ」


「でもフーちゃん。今はスックーを眠らせたけど起きたらまたシェイカーを振り出しちゃうよね。どうしよう」


「そうね。どうしようかしら。ん?」


 すると何かに気付いたようにフラムが倒れている宿儺の手の一つから一枚の紙を取り出した。


「これは……」


 唇に手を当て、重々しく言葉を発する。


「どうしたのじゃフラム嬢。ぬッこれはもしやカクテルのレシピか!? しかしこのリストは……」


 フラムに続き、紙を見たサモンまでが唸り声をあげる。


 そしてリルと共に俺も宿儺のレシピを覗き驚嘆する。


「宿儺のやつこれでカクテルを作ろうとしたのか!? 何考えてんだアイツ!!」


 そこに書かれていたのは次の4つの材料だ。


・フェニックスの聖炎

妖精王オベロンの聖水

・氷華の果実

暗黒竜ヴェルドラの黒酒


「……全部伝説級のレアアイテムだね。並みの冒険者なら命懸けで手に入れようとしてもゲットできないものばっかだよ」


 全く何考えてやがるんだこの宿儺バカは。


「で、どうするのよトウマ」


「そんなの決まってるだろ。あのバカは俺がどんなに止めても目覚め次第、一人でこの材料を手に入れようとする。だからあのバカが目覚める前に俺らでこのアイテムを手に入れる」


「アハハ。やっぱりそうなるよね♪ 病み上がりのスックーに無理させるわけにもいかないしね。それじゃ私は『氷華の実』を担当させてもらおうかな」


「ほッほッほッ。流石トウマ様。部下が一番喜ぶ形で問題を解決しようと致しますな。ではこのサモンは『暗黒竜の黒酒』を手に入れて参りますゆえ」


「ほんと、トウマは優しいわね。そういところ嫌いじゃないわ。じゃあ私は伝手もあるから『妖精王の聖水』をゲットしてくるわね」


「ふんっ。別に俺は最短の解決策を示しただけだ。じゃあ、俺は『フェニックスの聖炎』だな。それとフラム。睡眠魔法はどのくらい持ちそうだ?」


「そうね。この後、さっき使ったものより強力な睡眠魔法をかけて、常に私の部下に睡眠魔法をかけてもらい続けても、もって一週間が良いところよ」


「なるほど。つまり期限は一週間。それまでに4つの伝説レジェンドアイテムを入手してこの会議室に集合ってことだな。何か問題はあるか」


「ないよー♪」


「ありませぬぞ」


「ないわよ」


「そうか。それじゃ伝説アイテム採取ミッションスタートだ!」


 そして俺らはそれぞれの目的地へと旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る