第14話 王様の狩り

「あーあったけぇ。生き返る~」


「あははは、この寒さを根性だけで耐えるなんてやっぱトウマは面白いね~♪」


「元はと言えばお前がいつも通りの服装でいいなんて言うからだろう。あの言葉がなければ寒冷地用の装備できたわ」


「いやーごめん。ごめん。トウマが魔法ほとんど使えないこと忘れてたんだよ。『ウォーム』はそんな難しい魔法じゃないから幹部だったら宿儺以外はみんな使えるかなって」


「今の俺は下手すると宿儺より魔法が使えねーよ。基本的には身体能力と魔眼くらいだ」


「あと根性でしょ♪」


「うるせー」


 リルにいじられて俺が少し拗ねたように言葉を返すとリルは「あははは」と八重歯を見せて楽しそうに笑い声をあげた。


「ウォォォーーーーンンッ!!」


 そんな話をしているとシルバが突如として足を止め、けたたましい鳴き声を上げる。


「なんだよシルバ。お前まで俺を馬鹿にするのか」


「違うよトウマ。ほらアレを見て」


 リルの指さした先には30頭ほどのアイスブルの群れが歩いていた。


「ウォォォーーーーンンッ!!」


 そこで再びシルバが吠える。


「おい、リル。シルバを大人しくさせないとアイスブルが逃げちまうんじゃないか?」


 俺が声を潜めてリルに話しかける。


 確かアイスブルはその牛の様な見た目と裏腹にかなりの高スピードで移動する。それにある程度強い獣タイプの魔物は大体感知系の魔法を使うから、狩る時は極力気配や音を消すのが基本だ。


「そうだねぇ。トウマは狩りなんてしないから知らないだろうけど、もしシルバが吠えてなかったらあのアイスブルの群れはとっくにこの場所から逃げてるよ♪」


「ん? どういうことだ」


「アイスブルは私とトウマがあの群れに気付く前にこっち気付いて逃げようとしたんだよ。それをシルバが威嚇して止めてくれたの」


「ただ吠えただけだろ。そんなので効果あるのか?」


「ふふ、シルバは私の友達には優しいからわかってないね。トウマ、いーい? シルバはね雪原の王様なんだよ。だからシルバの一声は絶大な力をもつの♪ ニシシ、あんまりピンと来てないみたいだから王様の狩りを見せてあげるよ。トウマしっかり捕まっててね。じゃないと……」


 そこでリルはチロリと舌を出し普段とは全く違う冷たい声と表情で


「巻き込まれて死んじゃうかもよ」


 そう言った。


 そして微かに景色が揺れる。


 風を切る轟音が鼓膜に響き、次の瞬間には俺達はアイスブルの群れの前にいた。


 そしてさっきリルの言っていた言葉の意味を理解する。


 アイスブルの討伐難易度は単体でAランクだ。これは並みの魔族ならまず逃げ出すレベルの魔物のランクだ。それが今回は30体近くいる。


 普通の奴だったらこの状態のアイスブルを討伐するのは無謀といえる。自殺行為だ。


 だが、目の前にいるアイスブルの群れは皆怯えていた。


 本来であれば強者であるはずのアイスブル達が怯えているのだ。あいつらも群れで行動しているときにこんな気持ちを味わう日が来るなどとは夢にも思わなかっただろう。


 そして怯えた瞳で見つめるその先にいるのは、伝説と呼ばれる幻獣『ブリザード・フェンリル』だ。


 さっき俺はこの幻獣が吠えた時、アイスブル達が逃げちまうんじゃないかといった。


 それは勘違いだ。


 さっきの咆哮は威嚇なんて生易しいものじゃない。


 自分より圧倒的強者が、伝説の存在が、あの咆哮を通して伝えたのだ。


―――今からお前たちを狩りつくすと


 それは伝説から告げられる殺害宣言だ。


 怯えるし、足も震えて、逃げ出すことも出来なくなる。


 だが、そんな群れの中、血気盛んな一頭が決死の覚悟で幻獣に突っ込んでくる。


 そしてその一頭に触発され、恐怖に怯えながらも次々と突進の構えを見せる。


 ブリザードブルがAランクたる所以はその強靭な脚力と筋肉質の身体から生れる弾丸のような突進が脅威とされているからだ。


 ある程度熟練の英雄でも魔族でもその一撃の前に命を落とすこともある。


 そんなものが次から次へと、並みの者なら絶命する一撃必殺の弾丸が、機関銃のように放たれたのだ。


―――絶望


 そう本来ならば絶望以外の感情が生まれない光景だ。


 そこで俺は思わず口を開く。


「ああ、確かにこれは『王様の狩り』だな」


 わずか一吠え、時間にして数秒。


 シルバが本気で哭いた。


 ただそれだけで決死の覚悟を決めていたアイスブルが足を止めた。


 それから起きたのはまさに王様の狩り。


 身をすくめたアイスブルにゆっくり歩いて近づくと、一撃で屠っていく。


 圧倒的実力差を本能的に分からせ、逃げるという気すらおこさせない。


 そして数分後


「いやー大量だね。お疲れ様シルバ♪ 」


「ワオーン♪」


 俺達の眼前には33頭のアイスブルが積みあがっていた。


「それにしても、ブリザード・フェンリルがヤバいってのは知ってたけど、まさかあそこまでだとは思わなかった。恐ろしいな」


「あ、そっか。トウマは私たちと戦ったことも戦いをみたこともないもんね。ふふん。強いでしょ私たち♪」


「めちゃめちゃ強いな」


「お、珍しく素直だね。褒めてつかわすよ」


 そう言って背伸びしながら俺の頭を撫でてくる。


「で、このアイスブルの群れはどうするんだ。このまま持って帰っても腐らせるだけだぞ」


「それはね。こうするのシルバ『絶海の氷嵐ブライニクル』」


「ウォォ―――ンッ」


 シルバが魔力と共に天に向かって咆哮する。


 すると空気中の水分がピキピキと音を立て凍てつき、凄絶な寒気と共に氷の嵐が生み出される。


 それは瞬く間に積み重なったアイスブルを飲み込み大気に散っていった。

 

 残ったのは氷漬けにされた元アイスブルの氷塊だけだった。


「うん。力加減も完璧だね。さすがシルバ♪。じゃあ次はわたしの番だね。【魔狼縛りの枷グレイプニル】」


 すると、氷塊に禍々しい鎖が巻き付く。


 そこにシルバがゆっくりと歩いていき鎖の端を口に加える。


「これで腐る心配もないし、持って帰るときもシルバが運んでくれるから大丈夫だよ♪」


 そう言ってリルがテストで満点を取った子供みたいに二ッと笑って八重歯を見せた。


 そんなリルに「さすがだな」と声を掛けて頭を撫でてみる。


 すると不服そうにシルバがこちらを見てきたので喉元を撫でてやると満足したように鳴き声を上げた。


 ま、とにかく


 ―――魔界で美味しい食事を振るまおう


 無事ミッション達成だ。

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