エレベーターの行き先
天鳥そら
第1話
エスカレーターはない、エレベーターと階段のある大きな病院で、私は上から下へと走り回っていました。上から下といっても3階までしかありませんが、増改築を繰り返した古くて大きな病院は迷路のようになっています。数年前に最新設備を取り入れ、見た目は明るく綺麗になったものの、構造が複雑になっていました。
「とってもわかりづらいと思うので、迷ったらすぐに近くにいるスタッフに聞いてくださいね」
にっこり笑って、病院内の地図と健康診断の用紙を渡され、迷いながらもすべての検診を終えました。順番は多少前後したものの、最後の問診が終わり健康診断部まで戻って、地図と健康診断の用紙を受け付けの女性に渡します。私のホッとした表情に、女性はお疲れさまでしたと労わりの声をかけてくれました。
健康診断部があるのが病院の3階。最後は階段で降りるだけだと思って歩いていると、エレベーターの扉がぱんっと開きました。
さあ、乗りたまえ!
もしかしたら、乗ってもいいよかもしれません。少し疲れていた私は、タイミングよく開いたエスカレーターの扉を見て心の中で笑いました。まるで自分のために開いたように思えたので、下にいくエレベータだということを確認して飛び乗りました。もしもこのエレベーターが上の階に行くのなら、私は乗っていなかったでしょう。それぐらいなら階段で降りた方がよっぽど早く着くというものです。誰もいないエレベーターに乗った後、一階に行くためのボタンを探しました。
「あれ?おかしい」
ボタンがありません。真四角の狭いエレベータの中で、私はパニックに陥りました。閉まる扉に手を入れて、慌てて外に出ようとしましたが、のばした腕を誰かにがしっと掴まれました。
「ひいっ!」
驚いて声をあげた私の横に、高校生ぐらいの男の子が口元に人差し指をあてて、ぎこちなく微笑みました。エレベーターの中には誰もいなかったはずです。なのにどうして、人が乗っているんでしょう。ジーンズにTシャツというラフな格好は、お洒落なスタイルとは言えませんでした。色は白く色素が薄いのか、黒い髪の毛が光りにあたってほんのりと茶色に見えました。
「大丈夫。何もしないで、そのままじっとしていて」
「君は誰?このエレベーターは……」
しいっという声が大きくなり不安に思いながらも私は黙りこくりました。扉が閉まってしまい、がたんと大きく揺れると下の方へと降りていきます。本来ならエスカレータの出入り口付近にある、ボタンはひとつもなく、上を見上げれば階数を表示する電光掲示板も見当たりません。不安な気持ちが膨れあがり、もう20を過ぎた頃合いだというのに涙目になる始末です。とにかくこのエレベーターは動いてる。どこかの階に着くだろう、扉が開いたら降りて、院内のスタッフさんに助けを求めるのだ。そう決めたら心が落ち着いて、ふっと肩の力が抜けました。
高校生の方をちらっと見るとにこっと笑い返してきます。このエレベーターはどうなっているのか、目の前の男の子は何者なのか聞きたいことは山ほどありましたが口を開くことはできませんでした。
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