第52話 最初の武勇伝
「イバト!起きて!ねえ起きてよ!!」
砕けた瓦礫に身体を埋めたまま微動だにしないイバトに、クレアは必死に呼びかける。
ゴーレムはイバトの間近に迫っていた。
俺はこの緊急事態の最中に、頭の中で妙な事を考えていた。一体何を間違って俺はこんな所に立っているのか。
世界の存亡も。他人の命も。俺にはそれを受け止める器量など無い。そうだ。だからだ
。
器量が無いから。自信が無いから身重の妻を置いて一人で逃げて来たんだ。半ば自暴自棄になり、命を粗末にするが如く冒険者になった。危険な日常に身を置いてきた。
······だが、そんな事をしても俺は何も変わらなかった。逃げ込んだこの冒険者の日常でも、俺はいつも逃げる事だけを考えていた。
そうだ。逃げればいい。今すぐこの場所から。幸い俺はまだ無傷だ。上手く行けば、この塔から脱出する事も不可能では無い。
世界の破滅も。誰かの夢も。俺には関係ない。知った事では無いんだ。クレアが泣きながら何かを叫んでいたが、俺には何も聞こえなかった。
もういい。沢山だ。さっさとここから逃げるとしよう。俺は自分の両足に命じた。下り階段に向けて走れと。
だが、俺の両足は動かなかった。自分の意思に反して、気づくと俺は叫んでいた。
「起きろイバト!!そのままゴーレムに殺られるつもりか!?ここがお前の最期の場所なのか!?」
······俺は一体何を叫んでいるんだ?何故逃げない?何故身体が言う事を聞かないんだ?
「お前は勇者になるんだろう!?勇者を目指す奴が、たかがゴーレムに倒されていいのか
!?そんな事じゃあ、故郷の村の連中に笑われるぞ!!」
俺は声が枯れそうな位に怒鳴っていた。ほの声が届いたのか、イバトはゆっくりと立ち上がる。
「······厳しいなあ。エリクのおっさん。こう言う時は、逃げろって言うのが普通じゃない
?」
額からかなりの量の血を流しながら、イバトは弱々しく笑みを浮かべる。
「······冒険者の先輩として忠告しといてやる
。逃げた先には何も無いぞ。空虚と孤独。あるのはただそれだけだ」
俺は言いながら思った。この言葉はイバトに向けた物なのか。それとも自分自身に向けた物だったのかと。
「······俺は必ず勇者になる!!邪魔する奴は片っ端からぶっ倒してやる!!」
イバトの右腕が隆起する。それと同時に俺は駆け出していた。
「イバト!ゴーレムの左足首だ!!同時にやるぞ!!」
俺とイバトはゴーレムの左足首めがけて剣を振り上げた。ゴーレムの左拳が俺に飛んでくる。
その時、光の閃光がゴーレムの左拳を直撃した。クロシードの雷撃が、ゴーレムの左腕の動きを一瞬止めた。
「うおおおおっ!!」
俺とイバトは叫びながら、同時に剣を振り下ろした。二つの斬撃はゴーレムの左足首を切り裂いた。
左足首を失い、均衡を崩したゴーレムは、地鳴りのような音と共に背中から地面に倒れた。
俺は無意識に走っていた。両腕を伸ばし
、力尽き倒れそうになる少年を抱える。
「······良くやったな。イバト」
「······へへへ。武勇伝一つ出来たかな?俺が勇者になったら、伝説はここから始まった。そう言う事にしようかな」
満身創痍の少年は、こんな時でも笑いながら夢を語っていた。もし。もしもこの少年の夢がいつか叶う日が来たのなら。
俺はその最初の武勇伝の語り部になってもいい。俺はこの時、そう思っていた。
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