第51話 燃える王都

 身体を黒く染めた聖竜の口から飛び出した光の玉の眩しさに、俺達は目を細めた。その光源は形を楕円形に変えて目で追えない速さで消えて行った。


 光の玉の飛び去った方角には、この国の王都があった。この虹の塔と呼ばれる最上階に立つ者達は、全員その光景をただ立ち尽くして見るしかなかった。


 王都に異変が起きるのに時間はかからなかった。遠くに見える王都の風景が一瞬の光に包まれると、幾つもの黒い煙がここから視認出来た。


「······お、王都が燃えている?」


 視力が優れているのか、イバトは王都の方角を見ながらはっきりとそう言った。


「ふふふ。伝説に偽り無しと言う所ね。生娘の肉をもっと与えれば、死期が訪れる前に世界を焼き尽くしてくれそうね」


 ユリサは自ら切断した小指に止血の為に布を巻きながら笑っていた。金髪の美女のこの言葉は、世界の破滅を予告していた。


「素晴らしいぞユリサ!お前からその笛を奪えば、私でも聖竜を御する事が可能だと言う事か!!」


 自分の仕える国の王都が今正に炎上している時に、レメル隊長は常軌を逸した言葉を吐いた。


「あはははっ。その通りよレメル隊長。でも笛を奪うには、まずは私の元へ辿り着かないとね。貴方にそれが出来るかしら?」


 ユリサは笛に舌をつけ、挑発的な視線をレメル隊長に送る。途端にレメル隊長は目の前のザンカルに剣を振るう。


「待っていろユリサ!!直ぐにお前の元へ行くぞ!!」


「全く。熱を上げているのは女か。竜か。どちらなんだ」


 叫びながら斬撃を繰り出すレメル隊長に、ザンカルは辟易したようにぼやいた。


 地底人も再び動き出し、コルカが大剣で牽制する。ゴーレムもその巨体を俺達に向けて行進し始めた。


「おいじいさん!!あの黒くなった聖竜を何とかする方法は無いのか!?」


 この非常時に呑気に地面に座り込んでいるネテス老人に、俺は怒鳴りながら問いかける


「一つだけ方法があるぞい。だが、その為にはあの聖竜と天界人の石像の元へ行かねばならんぞい」


 ネテス老人が言うその石像は、この最上階の中央にあった。そしてそれは、目の前のゴーレムの後方に位置していた。


「イバト!俺が囮になる!一撃でいい!お前はゴーレムの足首を切るんだ!!」


 俺は言うと同時に走り出した。イバトは機動力を失ったが、まだあのドガル一族の力が残っていた。


 ゴーレムを倒す必要は無い。ただ動けなくすればそれで十分だった。


「モナコとホケットは壁に寄っていろ!クレアとじいさんもだ!クロシード!何をしている!攻撃魔法専門なんだろう!さっさと援護をしろ!!」


 モナコが慌てて小竜とホケットを抱えて駆け出した。クレアもネテス老人を無理やり引っ張って行く。


 クロシードは眉間にシワを寄せ不愉快な表情を作る。


「うるさいぞ庶民めが!私に偉そうに命令するな!!」


 クロシードの掲げた杖から雷撃の呪文が放たれる。三本の光の鞭はゴーレムの胸に直撃した。


 ゴーレムの胸の一部が破壊され大穴が空いたが、番人は構わずに行進を止めない。俺は駆けながらゴーレムの左側に回った。


 ゴーレムの一つ眼は俺を見下ろした。イバトはゴーレムの背後に迫り、俺の陽動は成功したかに見えた。


「······何!?」


 俺は思わず叫んだ。一つ眼ゴーレムが左腕を振り上げた瞬間、身体を捻り後ろを振り返った。


 そのまま振り下ろしたゴーレムの左拳は、イバトの身体に直撃した。


「イバト!!」


 イバトの身体は吹き飛ばされ、壁に激突した。そして頭から地面に崩れ落ちる。俺はゴーレムの策にしてやられた事に気付いた。


 番人を誘うつもりが、こちらが逆に誘われていたのか!!ゴーレムはイバトに止めを刺すつもりか、壁に向かって歩いていく。


 俺はゴーレムの背中を狙おうとしたが、奴は横目で俺を睨み牽制する。空には世界を滅ぼす黒龍。地上には勇者を夢見る少年を屠ろうとする番人。


 一介の平凡な冒険者の俺には、どちらも手に余る代物だった。形容し難い深い絶望感が俺の全身を覆っていた。


 

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