第50話 黒龍
「聖竜を守りたい。この言葉は真実よエリクさん。この聖竜を兵器として私欲の為に利用しようとする連中からね」
女の片腕でも抱えられる程小さくなった聖竜を抱えながら、ユリサは冷たく笑った。
「私が戦災孤児と言うのも本当よ。だからもう止めにしたいの」
ユリサは途端に悲しげな表情を見せる。一体この女は何処までが本気で、どこからが偽りなんだ!?
「······人間も。魔族も。戦争ばかり起こす狂った連中を根絶やしにするの。そうすれば、世界は平和になるわ。二度と戦争の惨禍に苦しむ事も。悲しむ必要も無くなる」
その言葉を発した瞬間だけ、ユリサの両目
はどこか遠くを見つめているようだった。そしてユリサは腰の似袋から何かを取りだした
。
「いかん!あの金髪娘、聖竜に肉を食わすつもりじゃ!!」
ネテス老人が叫ぶ。ユリサの右手には、干し肉と思われる物が握られていた。
「さあ食べなさい聖竜。そして覚えるのよ。肉の味をね」
ユリサは干し肉を聖竜の口元へ押し付ける
。だが、薄目を開けた聖竜は興味が無いとばかりに口を開けない。
「······何故食べないの!念願の肉よ!さあ食べなさい!!」
ユリサが幾ら干し肉を食べさせようとしても、聖竜は頑なに口を開かなかった。
「······森で出会った四手一族の男から、聖竜にも自制心があると聞いた。肉を口にすれば自分が暴走すると分かっているんだ」
レメルとの戦闘を一時中断したコルカがその理由を教えてくれた。ユリサの暴挙は破綻したように見えた。
「······なる程。生物学者が言っていた通りね
。なら、これも学者の言う通りになるかしら
?」
ユリサは腰の短剣を抜き、迷いなく自分の左手の小指を切り落とした。
「な、何をしているのよユリサさん!?」
クレアが口を両手で押さえながら叫んだ。
ユリサは切り落とした血塗れの小指を聖竜の口元へ運ぶ。
「······生娘の新鮮な血と肉と骨よ。さあ。これでもこの誘惑に耐えられるのかしら?」
次の瞬間、聖竜の両眼が見開いた。閉じられていた口は開かれ、ユリサの小指を貪るように食べた。
「ま、まずいぞ!!聖竜の身体が汚れてしまうぞい!!」
ネテス老人が大汗を流しながら叫んだ。異変は直ぐに起きた。雪のように白い聖竜の身体が黒く変化して行く。
「······何だよあれ?聖竜の身体が大きくなっていく?」
イバトが半ば放心しながら口を開く。大蛇程だった聖竜の身体は、みるみる内に数倍の大きさになって言った。
「ユリサ!聖竜を暴走させてどうなる!?君も無事では済まないぞ!」
警告には余りも遅い言葉を俺はユリサに叫んだ。ユリサは不敵に笑い、荷袋から小さい笛の様な物を出す。
「ご心配無く。エリクさん。我が国の生物学者は探求に献身的なの。こんな便利な物を発掘してくれたわ」
ユリサは優雅な仕草でその笛を吹いた。それは音と言うには小さ過ぎた。そしてその音色は、俺達にとっては余りに不吉な物だった
。
「グワウアアッ!!」
黒龍に変化した聖竜は叫びながら飛翔した
。開いた天井から外に出て、俺達の真上に浮かんだ。
「······この笛は聖竜の骨で出来ているらしいわ。文献によると、この笛は暴走した聖竜を操る唯一無二の道具よ」
ユリサは怪しく笑い、再びその音色を響かせる。その瞬間、黒龍が大口を開いた。そしてその口から、光の玉が吐き出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます