第49話 金髪の美女の冷笑

 永遠に続くかと思われた地鳴りと激しい揺れは、突然の静寂と共に終わりを告げた。俺達は全員倒れていた。


 最上階であるこの階は埃に視界が遮られた。天変地異に匹敵する出来事に皆が放心状態だったが、イバトがいち早くその異変に気付いた。  


「······天井が開いている!そ、空だ!空が見えるよ!!」


 イバトの指差す方向を全員が見た。先刻まであった天井がその姿を消し、俺達の頭上には青い空が広がっていた。


「······窓の外を見て!この塔、地上に出て来たのよ!!」


 クレアが壁にある窓枠から外を見ながら叫んだ。俺達もクレアに続き外を見る。その光景に俺は絶句した。


 外の風景は、俺達が辿って来た一面の森だった。その遥か先には、この国の王都も見えた。


「これが虹の塔のカラクリじゃて。侵入者が最上階に辿り着くと、この塔は地上に浮上するのじゃ」


 ネテス老人が俺達の疑問に答えるように呟く。塔の天井も開いたのもその為なのか?一体何の為に?


「この塔は地上と天界と繋ぐ橋じゃ。空が見えんと橋がかからんじゃろ?」


 ネテス老人が空を見上げながら呑気な口調で言い終えると、突然大きな音と振動がした


 それは、塔の外側から聞こえて来た。振動が響く度に、壁から埃と細かい石の破片が落ちて来た。


「天井が開く理由はもう一つ。この最上階の番人が外側からここに入る為じゃ」


 ネテス老人の言葉の意味を、俺達は直ぐ様目の当たりにする事となった。開けた天井に黒い影が現れた瞬間、その影は俺達の目の前に落ちて来た。


 大きな着地音と共に、床の石畳が砕ける音がした。床はひび割れ破片が飛び散る。それだけで落下してきた影の質量が伺えた。


「······コイツは、ゴーレムか!?」


 コルカが驚愕の声を上げた。五メートルはある体躯。土の塊で覆われた身体。だが、顔の一つ眼だけは魂の無い筈の土人形とは異なった。


 眼球が忙しく動き、俺達を見下ろしている

。それは、意志と生命力に満ちた眼だった。


「貴様等!!許さんぞ!!」


 その時、階段口から怒声が聞こえた。それはレメル隊長の声だった。続いてもう一つの人影がこの最上階に姿を表す。


 それは、茶色いフードを被った地底人だった。


「······ふざけた真似をしてくれたな。チャプタとイグタフの仇は討たせて貰うぞ」


 地底人は怒りに露わにしてこちらを睨んでいた。どうやら騎士達と地底人。そしてスライムの三つ巴の死闘を生き残ったのはこの二人らしい。


 レメルが鬼の形相でザンカルに斬りかかる

。地底人は地を這う様な低い姿勢でコルカに迫った。


「エリクのおっさん!ゴーレムが動くよ!」


 イバトの叫び声に俺は振り返った。一つ眼のゴーレムがゆっくりとその巨体をこちらに向けて来る。


 イバトの俊足でゴーレムの注意を逸したい所だったが、イバトは三階の戦いで身体にダメージを負っており、もう素早い動きは望めなかった。


 クレアも見るからにもう限界だ。俺はイバトの役目を金髪の美女に託す事にした。ユリサを見ると、彼女は既にネテス老人を背中から降ろしていた。


「ユリサ!ゴーレムの陽動を頼む!!」


 俺の声に、ユリサは微笑して頷いた。そし彼女は駆け出した。それは、ゴーレムとは反対方向だった。


「······ユリサ!?」


 俺は彼女の行動の意図が分からなかった。ユリサが向かったのは、地底人と刃を交えているコルカだった。


 全神経を地底人に向けていたコルカの無防備な背中に、ユリサは上段蹴りを繰り出す。

蹴りは聖竜を抱えていたコルカの下部の左腕に当たる。


 コルカの腕が弾かれ、聖竜が宙に浮いた

。ユリサは聖竜を両腕に掴み、そこから素早く離れる。


 この最上階にいる者全てが、金髪の美女のこの行動に目を奪われる。ユリサは壁の窓枠に立った。


「······ユリサ?君は一体何をしている?」


 俺は頭が混乱していた。その状態でやっと出た言葉に、ユリサは悲痛な表情をする。


「······エリクさん。分かって下さい。私は聖竜を守りたいんです」


「······どう言う事だ?ユリサ」


 俺は再度ユリサに問いかけた。その瞬間、金髪の美女の表情が一変した。


「ふふふ。沈着冷静と思っていたけれど、案外お人好しなのね。エリクさん」


 ユリサは冷笑していた。それは俺が知っているユリサでは無かった。その表情は、余りにも悪意に満ちていた。


 


 


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