第45話 ドガル一族

 イバトの右腕は膨れ上がり、腕の布地が裂けた。元の腕の倍。いや、それ以上にイバトの右腕は太く変化した。


「ほお。あの小僧。ドガル一族の血が混じっておるのか」


 ネテス老人が物珍しそうな声色で呟く。老人の説明によると、ドガル一族は魔族の中でも最強クラスの腕力を誇る、今や希少な少数一族らしい。


「うおおおっ!!」


 イバトは倍以上に膨れ上がった腕から凄まじい剣速の一撃を振り下ろした。半獣番人はそれを正面から長剣で受け止める。


 その重い一撃で半獣の四本の脚は折れ膝が地についた。反撃とばかりに半獣は猛然と剣をイバトに振るう。


 イバトはそれを力任せの剣さばきで弾き返す。イバトは身体に受けたダメージから、もう素早い動きは出来なかった。


 代わりにイバトは凄まじい連撃を半獣に浴びせ、番人が脚を使う暇を与えなかった。力と力。いや、あれは腕力という名の暴風のぶつかり合いだった。


「倒れろよ!!」


 イバトの余力を一切残さぬかのような攻勢に、半獣は守勢に回るようになって来た。そして番人の長剣が折れた時、勝負は決した。


 イバトの一撃が半獣の首と肩の付け根に深く沈み、腰の位置まで切り裂いた。大量の血を吹き出しながら、半獣番人は無言で頭から地に倒れた。


「······イ、イバト。大丈夫?」


 呼吸をするのを忘れていたかの様に激しく息を切らすイバトの背中に、クレアが恐る恐る声をかける。


 俺はイバトのコルカに対する接し方を思い出していた。他人に対し冷めた構え方をしていたイバトが、何故かコルカには親身と言っていい態度を示していた。


 その理由が分かった気がした。四手一族のコルカに対して、イバトは共感地味た感情を覚えたのかもしれなかった。


 自分と同じ普通の姿とは違うコルカに。時間の経過と共にイバトの呼吸が落ち着いて来た。


「······気味悪いだろう?俺の右腕」


「······え?」


 イバトがクレアに背中を向けながら小さい声で呟いた。


「俺の母ちゃんは人間だったけど、父ちゃんはドガル一族って魔族だったんだ。父ちゃんは右腕が異常に太くて、その気になればもっと太く変化させられた」


 イバトは続けた。混血児のイバトは、意識して力を操らないと、右腕は太くならなかった。


 イバトのその腕や父の異形な姿に住んでいた村人達は忌避を示し、イバト達家族を村外れまで追いやった。


 それ以来、イバトは他人に対し冷めた感情を持ち、自分達家族を除け者にした村人を見返す事が人生の最重要課題になったと言う。


 勇者になると言ったのも、悔しい思いをした故郷への反発心からか。とにかくイバトは有名な冒険者になって村人達から羨望の視線を浴びたかったのだろう。


 それがこの少年の、ささやかな復讐だったのだ。


「気味悪くなんて無いわよ」


「······え?」


 クレアの返答に、イバトは驚いたような表情で振り返った。


「イバト。あんたのお陰で番人は倒れて私達は助かったわ。ちょっと乱暴な戦い方だったけど、格好良かったわよ」


「······クレア」


 クレアの言葉に、イバトは少し戸惑いに似た表情を見せた。俺は子供達の前に立った。


「そうだなイバト。見事な戦い振りだったぞ。だが村の連中を見返す事に拘るな。戦うのなら自分の為に戦え」


「······エリクのおっさん。自分の為にって?


 イバトの困惑した顔に、俺は微笑して答える。


「自分の大切に思う物の為だ。仲間でもいい

。人助けでもいい。高い報酬の為にだっていい。誰かを見返す為に人生の貴重な時間を費やすな。そんな暇がある程人生は長くないぞ」


 俺の余計な小言に、イバトは消沈した様に俯いた。このガキは単純だが根は素直だ。時間はかかるかもしれないが、俺の言葉を理解出来る日がきっと来ると俺は感じていた。


「人生は長くないか。その意見には同感だな


 その時、俺達が登って来た階段の方角から声が聞こえた。


「······レメル隊長!」


 ユリサがその声の主を見て叫ぶ。そこには

、完全武装の騎士達が立っていた。


 



 

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