第35話 昔話
十年前、俺は小さな村で小役人をしていた
。自警団も兼任していた為、剣もその時に覚えた。
妻は余所の村から移住して娘だった。俺と同じ役場で働く事になり、俺達は自然に親しくなった。
俺達は結婚し、二年後に妻が妊娠した時だった。俺は役場の横領事件に巻き込まれた。俺は上司にやってもいない公金の横領の罪を被れと迫られた。
俺は断固として拒否して役場を辞めた。上司は報復として俺が横領犯だと村に公表した
。周囲の俺を見る目が一変した。
上司と村に嫌気が差した俺は、村を出る決断を下した。だが、妻は同行を拒否した。妻は懐妊中であり、足が不自由な母親がいたからだ。
俺と妻。どちらが正しいとかでは無かった
。最初からそんな答えは存在しない。ただ少しの行き違いがあっただけだ。
俺達は別れる事を選んだ。俺は村を出た後冒険者になった。こんな危険な職種を選んだのは、半ば自暴自棄になっていたのかもしれない。
それから妻に会った事は無かった。無事生まれているのなら五歳になる我が子にも。身重の妻を置いてきた俺に、今更会う資格などある筈も無かった。
スープ鍋が空になる頃、俺のつまらない昔話も終わっていた。途端に子供達が騒ぎ出す
。
「······酷いエリクのおじさん!奥さんが可哀想じゃない!」
「馬鹿だなクレア!人には人の事情があるんだよ!で、エリクのおっさん。後悔してないの?」
俺は今日、何度目か分からないため息をついた。
「······イバト。クレア。よく覚えておけ。生きている時間が長い程、後悔なんて物は積み重なっていくんだ」
俺は誰に向けたか判別出来ない言葉を呟いた。揺れる火が薪を弾く音だけが俺の耳に届いてた。
翌朝、俺達は朝早くから行動を再開した。
ネテス老人の話によると、後半日歩いて行けば目的地に到着すると言う。
そう言えばネテス老人は出発前に猶予は夏至までの三日と言った。それも謎だったが、何故、虹の塔とやらが都合良くこんなに近くにあるのだ?
「そりゃあ、四手一族の本能じゃろ。お主はこの国に虹の塔を探しに来たと言うたが、知らず知らずの内に塔の近くに引き寄せられたのじゃ」
ユリサにおんぶされたネテス老人は、そう言ってコルカを指差した。
「······老人。何故四手一族が虹の塔に引き寄せられるんだ?」
ネテス老人の倍の大きさはある大袋を背中に背負いながら、コルカは真剣な口調で問い返した。
「虹の塔と聖竜は切っても切れない関係がある。それにお主は選ばれた守護者だからじゃ。白き聖竜は四手一族なら誰にでも懐く訳では無い。まあ、お主は邪気の無い清らかな心の持ち主だと言うことじゃ」
ネテス老人の言葉にコルカは答えず、腕に抱えた聖竜を見つめていた。
太陽が頭上の直線上に登った時、森が一旦途切れて視界が開けた平地に出た。前方を見ると、平地の先にまた森の入口が見えた。
俺達が運悪く遭遇したのは、昼寝を貪っていた野盗の集団だった。数は三十人程度か。
見張りの男が俺達に気づき、寝ている仲間を起こし始めた。
「クレア。攻撃魔法なら何でもいい。野盗が準備する前に叩き込め」
度重なる不運に、俺は少し苛立ち好戦的になっていたのかもしれのい。クレアは俺の問答無用の指示に戸惑っていた。
「エ、エリクのおっさん。まだ向こうは何もしていないし、幾ら何でもいきなり攻撃はまずいんじゃない?」
万事無鉄砲のイバトですら、俺の先制攻撃の言葉に良識的な事を言う。
「お前達に教えて置いてやる。野盗の仕事は略奪だ。女子供老人。それが全て揃っている格好の獲物の俺達を見逃す理由は無い。奴等にとってな」
俺は剣を抜きながら走り出す。コルカとユリサも後に続く。どの道相手は多勢。不意を突くしか勝機は無かった。
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