第32話 聖竜の卵泥棒
コルカの足元で再び眠る聖竜を見ながら、
俺達はようやく先程まで感じていた悪寒から解放されつつあった。
「······死期が迫り、身体も小さくなって弱っている。それでも僅かに殺気を放てば、俺達は蛇に睨まれたカエルに成り下がる。この竜の恐ろしさが少しは理解できたか?」
コルカの説明は、俺達全員を納得させるに十分だった。この大蛇程の大きさの竜が、紛れも無く巨大な力を持つ化物だと。
「どうするのコルカのおっさん?この住処は竜を狙う奴等に知られちゃったよ」
さっきの騎士達にやられた頬の傷から血を流しながら、イバトは真剣な顔付きで竜の守護者に問いかける。
「······俺がこの国にやって来たのは、ある場所を探す為にだ」
返答の変わりに、コルカは自分の目的を語り出した。
「それは虹の塔と呼ばれているらしい。塔に虹が架かった時、そこから天界に行けると言う伝説がある塔だ」
コルカの言葉に俺達は一様に沈黙する。それは、コルカの話す塔の事を誰も知らないと言う事を意味していた。
「······コルカのおじさん。まさか。その塔から聖竜を天界に逃がすつもりなの?」
クレアが珍しく感が冴えたのか、コルカの意図を察し質問する。
「······伝説が本当ならな。だが、場所が分からなくては確かめようも無い」
コルカの諦めたような口調で呟く。酒焼けしたような掠れた声は、その時聞こえた。
「その塔の場所なら知っとるぞ」
俺達はその声の主を一斉に見た。それは小柄な老人だった。茶色い魔法衣を着ており、腰が曲がり切っていた。
両手に握られた木製の杖が、老いた身体を支えるように地面に直立していた。
「······お前は、半年前に聖竜の卵を盗んだ奴か」
コルカの声に俺達は仰天した。目の前の弱々しい老人が卵泥棒の張本人らしい。
「おお。あの時は済まなんだ。探究心と好奇心に勝てずにのお。お主と聖竜に詫びに来たのじゃあ」
白い眉毛の下の両眼を歪め、老人は頭を何度も下げる。
「······何故俺と聖竜の居場所が分かった?」
コルカの詰問に、老人は何故か嬉しそに説明し始めた。半年前にコルカと聖竜が住処にしていた場所から、老人は調査を始めたらしい。
周囲の村々を一つずつ調べた。その村々で畑が荒らされていないか確認していく内に、俺達か依頼を受けた村に辿り着いたと言う。
その村の周辺でコルカと聖竜が潜んでいそうなこの森に訪れたらしい。
「ワシはその虹の塔の場所を知っておる。償いの変わりに、ワシに協力させてくれんかのお」
老人はひたすら申し訳なさそうに謝罪を繰り返す。だが、老人はユリサと目が合った瞬間、不自由そうな身体を必死に動かしユリサの元へ近付いた。
「おおっ。何と言う美しい金髪じゃあ。いいのお。欲しいのお。惜しいのお。長く伸ばせば良いものを」
老人は今にも口から涎を流しそうにユリサの髪の毛を見つめる。
「じいさん。髪の毛がほしいの?ユリサ姉ちゃん、さっき髪の毛を切ったばっかだよ」
イバトの言葉に、老人は興奮した様子で髪の毛の在処を聞いてきた。洞窟の中からユリサの髪の毛を回収して来ると、鼻息荒く俺達に口早に叫ぶ。
「この髪の毛をワシにくれんかのお?頼む!いや、絶対に貰うぞい!虹の塔の場所を知りたくば髪の毛を渡すんじゃ!!」
·······おい。じいさん。アンタさっき謝罪に来たと言っていなかったか?老人はまるで子供が駄々をこねるように食い下がった。
「御老人。本当に虹の塔の場所を知っているのですか?」
ユリサが腰をかがめ老人の目を見つめる。
老人は壊れた人形のように何度も頷く。
「······ではその髪を差し上げます。私達を案内して下さい」
ユリサの許しを得て、老人は素早く髪の毛を懐にしまった。
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