十年後

「もう生まれそう?」

 喫茶店の厨房で注文された料理を作っていた瑠瀬は、病院にいる濃子の母からそのような電話をもらった。そして両親に一旦店を任せると、電車に乗って病院に向かった。

「濃子はどこの病室にいるんですか?」

 受付で身分証を提示しながら、尋ねた。教えてもらった病室に足を運んだ。

 しかし遅かった。濃子の出産は予定より早くスムーズに進んだのだ。それと濃子の母が、瑠瀬に言う言葉を間違えていた。生まれそうではなく、出産が終わりそうが正しい。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 二人の赤ん坊が十月十日に産声を上げた。まず長男を、次に次男を抱きかかえた。

「かわいい双子の兄弟です」

 医師が言ったが、それは出産前の検診でわかっていた。

「名前は、どうなさるんです?」

 看護師が聞く。

「平祁と、源治です」

 妊娠がわかった時点で、瑠瀬は男の子が生まれてくるなら名前は自分が、女の子なら濃子が決めようということになっていた。斬堵という名前が第一候補だったのだが、双子とわかると濃子が決めたいと言った。

 最初は瑠瀬が次男の分も決めようと思ったが、他にいい名前が思いつかなかったことと、次男に第二候補の名前を付けて、長男に本来自分が付けたかった名前を与えるのは、不平等というか贔屓というか…。だから濃子に任せた。

「長男は平祁で、次男は源治がいい」

 濃子がその名前をすぐに挙げることができたことには、少し驚いた。女の子の名前を考えるはずだったから。しかし不思議に感じたのは、そこではない。

「平祁…。源治…」

 瑠瀬は双子とわかるまで、一人で名前を考えていた。だからそれらは初めて聞くはずの名前だ。なのにどこか、懐かしさを感じさせる。それと源治には親しみが湧くのだが、平祁にはちょっとどこか恐ろしさを感じてしまう。

「気のせいだな。かなり遠い知人に、同じ名前がいるんだろうな。それに生まれてくる子供が、罪を背負ってるわけないか」

 深く考えないことにした。濃子が決めた名前に、異議はない。


 濃子と双子は、退院まで別の病室に移された。そして次の日も瑠瀬は病院にやって来た。ちょうど平祁を濃子が抱きかかえていたので、瑠瀬は源治に手を伸ばした。

「源治~。お父さんだぞ~」

 赤ん坊の寝顔に語り掛けた。

「二人とも、約束通り会いに来てくれたんだ…」

 濃子が嬉しそうに言った。

「約束?」

 瑠瀬が聞き返すと、濃子は、

「何でもないわ。こっちの話」

 適当に茶化した。瑠瀬はしつこく聞いてきたが、平祁たちが泣き出したのでそれどころではなかった。

 濃子はずっと、十年前のことを覚えていた。二人が別々の未来からやってきたことは、瑠瀬の記憶から消えてしまったので、知っているのは世界で濃子ただ一人。そして十年前に交わした約束は、未来の二人が消えてしまったので、やはり濃子しか覚えていない。

 この十年間、二つの未来を潰してしまったことをどれだけ悔やんだか。その苦しみは濃子しかわからない。

 いや、苦しんだというより濃子は、この日をずっと待っていた。心のどこかで二人にまた会えると確信していたし、その場合は自分のところに生まれてくるとも思っていた。

 そして、二人は生まれてきてくれた。時を越えて、未来も違うけど、自分に会いに来てくれたのだ。

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二つの未来 杜都醍醐 @moritodaigo1994

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