八月中旬
瑠瀬の退院は、まだだ。今日もリハビリを朝から始める。
「もう少し、休んだら? どうせ夏休みなんだし」
濃子がそう言うのは、瑠瀬が無理をしているように見えるからだ。
「休んでなんか、いられないよ。八月いっぱいは入院中としても、九月になったら一人で登校できるようになっていないと」
瑠瀬は必ずそう返事をする。
お昼は休憩する。今日もクラスメイトが集まってくれた。
「瑠瀬様! 退院したら遊水地を歩きましょう。わたくしに案内して欲しいですわ」
「おい麻林! 濃子がいるんだぞ、忘れるなよ?」
一日ぐらい、麻林と過ごしてもらってもいい。瑠瀬が帰って来てくれたのだから、麻林だって我儘の一つぐらい言いたいだろう。でも恵美によると駄目らしい。
「早く戻って来ないと、実験勝手に進めちまうぞ?」
朋樹が言う。
「おいおい。そこは待ってくれよ。てか、何の実験を継続してやってるの? そんな計画あったっけ?」
「う、うるさいな!」
そんな会話を聞いていて、みんな笑う。
「瑠瀬君…。俺も果物、食べていい?」
「勇刀、遠慮しなくていいよ。食べてくれ。あとさ、嬉しいには嬉しいんだけど、誰だグレープフルーツなんて持って来たのは?」
「えー駄目なの?」
亜呼が驚いている。瑠瀬と朋樹によれば、薬を飲んでいる時にグレープフルーツはあまり体に良くないらしい。
「瑠瀬。他に何か欲しいもの、頼みたいことがあれば、遠慮なく僕に教えてくれ」
大宙の問いかけに瑠瀬は首を横に振った。
「何もないよ。みんながいてくれるなら、それでいい」
「本当は宿題、頼みたいんじゃないのか?」
和哉の発言に、瑠瀬は目を逸らした。本心がバレバレだ。呆れた由香が一言漏らす。
「瑠瀬もまだまだ子供ね」
「白石先生からの伝言だ。宿題はできなさそうなら、提出は先延ばしでいいってよ。まずは体を治すのが優先。そっちが宿題だってさ」
純心がそう言うと、
「先延ばし? じゃあ俺も今から入院すれば…」
徹が言うと、純心はその頭を不謹慎だと怒って叩いた。
瑠瀬が入院していることを除けば、いつもと変わらない日常がそこにあった。そしてそれはみんなが望んでいたものだった。
でも濃子は、心の底から喜べなかった。笑顔は取り繕えても、どうしても考えてしまうことがある。
未来は、どうなったのだろうか?
今は、平祁が教えてくれた過去でも、源治の世界の過去でもない。全く異なる、言わば第三の未来。
だとしたら、二人は本当に消えてしまった…? 全然実感が湧かない。だって二週間前に、普通に会話していた。
だが濃子は、納得するしかなかった。二人がどこかで存在しているなら、自分たちに会いに来なければおかしい。そう約束したはずだ。仮にそれぞれの未来に一時的に帰ったとしても、その後、無事を報告しに来ないのは変。
「どうしたんだよ、濃子?」
瑠瀬に指名されて濃子は、我に返った。何の話題か、わからず返答に困った。
「え…。いや、何でもない」
「おいおい。さては退院した後のデートのことでも考えてるな? こいつめ!」
朋樹が指で濃子の頬を突いた。
「もう。朋のせいでバレちゃった…」
濃子はワザと頷いた。そうした方が、話を合わせやすい。少し恥ずかしかったから、顔がちょっと赤くなってしまったこともあって、みんなから変に疑われることはなかった。
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