運命の日 その二
「濃子!」
「は、はい…?」
瑠瀬は今度は、ホテルのベッドにいた。横に立っている濃子の表情は、驚きで固まっている。
「瑠瀬、大丈夫? さっきからうなされてたし、汗びっしょりだよ?」
言われてみると、寝間着は汗で濡れている。呼吸も荒い。
「となると、今のは夢か…?」
夢なら良かった。普通の人はそう思うだろう。しかし瑠瀬は違う。
「え、夢見たの?」
「見たには見たけど…」
その内容を喋りたくなかった。
「教えてよ。どんな夢だったの?」
瑠瀬は無言で、濃子から目を逸らした。しかし、
「私、死んじゃうの?」
濃子のその言葉に、無言で返すわけにはいかない。瑠瀬が夢に見たことは、十中八九近い将来で起きる出来事…予知夢なのだ。
「よくは、わからない内容だった。でも朋が言うには、俺が濃子を悲しませたって…」
何で濃子が悲しんだのかが、わからない。夢の中では誰も具体的な内容を言ってくれなかった。
しかし濃子が悲しむというのは、彼女の不幸を暗示しているようだった。濃子の身にこれから降りかかるであろう不幸がただ一つ、思い浮かんだが瑠瀬はすぐに否定した。
「きっと外れだよ。久しぶりの夢だったから…」
しかし、頻繁に外すぐらい夢を見るわけではない。今までの出来事を考えると、寧ろ外れることの方が少ない。
「何も必ず、夢と同じようになるわけじゃないだろ? あの時も」
瑠瀬は、十年前に見た予知夢を思い出した。その時瑠瀬は、リビングでテレビを観ていた。すると臨時ニュースが流れ、番組がすぐに切り替わった。飛行機が茨城に向かう途中で墜落したことをアナウンサーが告げ、犠牲者の名前が公開された。その中に濃子の名前があったから、起きた後すぐに濃子に会いに行き、帰り道は飛行機に乗らないでくれと言った。そしたら濃子は、事故に遭わずに帰って来れたのだ。
「でもそれは、何が起きるか夢で見ることができたからでしょう? 瑠瀬の夢の中で私は、どうなったの?」
さっきの夢の中では…。
「泣いていた。何かに責任を感じて」
困惑する濃子。肝心の瑠瀬も、他に説明のしようがなかった。
「他には?」
「……………思い出せない…」
濃子のことで頭が一杯だったからか、瑠瀬は夢の内容を全て記憶できていなかった。
「朋が俺のことを掴んでいたことは、なんとなく思い出せる。その朋が俺に、濃子を悲しませたって言ったんだ…」
かろうじて覚えていたのは、それぐらい。もっと正確に覚えていたら、濃子を安心させることができたのかもしれない。
でも濃子は、
「そう…なんだ…。でも私の身に何かが起きちゃうことは変えられないんだし、前向きに行こうよ。まずは朝ご飯」
と笑顔で振る舞う。
「そうだね…」
もう予知夢の分析は諦めることにし、二人は朝食の会場に向かった。
オリンピック・アクアティクスセンターには歩いて十五分ぐらいで着いた。
「身分証明書をご提示お願いします」
入口で係員が、一人一人をチェックする。この時、カバンの中身を全て見せる。飲み物や食べ物は大丈夫だが、不審物はここで取り上げられる。だからテロなんて、起きるとは誰も考えていない。寧ろどうやって起こすのか、聞いてみたいぐらいだ。
チケットは瑠瀬の名前で購入したので、まず瑠瀬が生徒手帳を見せた。次に名前が購入者リストにない濃子は、生徒手帳に加えて保険証を見せる。さらにカバンを開く。中には財布とジュースと、昼に食べようと思っているパン、汗拭きタオルぐらいしか入っていない。
「オッケーです。進んで下さい」
二人は会場に入った。
「おお…」
目の前には、競技用のプールがある。ここで今日、誰かがメダルを手にする。それはみんなが予想している選手かもしれないし、無名かもしれない。始まらない限りには、誰にもわからない。
「俺たちの席はこっちだよ。えーと…」
チケットと照らし合わせながら、座席を確認する。
「ねえ、待ってあそこに」
濃子の視線の先には、瑠瀬たちを見つめる男が二人。知っている顔だ。
「あれは!」
間違いない。源治と平祁だ。二人はどうやってか、この会場に足を踏み入れている。
瑠瀬たちは逃げようとしなかったので、二人の方から近づいてきた。
「久しぶりだ。瑠瀬、濃子」
「げ、源治! どうして平祁と一緒にいるんだ?」
まさか、平祁にやられて仕方なく…と瑠瀬は思ったが、源治の口から意外な返事が来た。
「ワタシが頼んだのだ」
「へ?」
「ワタシたちにはどうやら、過去に干渉する力がないらしい。だから、二人で見に来たのだ」
瑠瀬は首を傾げた。続いて平祁が答える。
「この過去がどちらの未来を選ぼうが、オレたちはそれに反対しない。黙って見守るだけだ」
「でもそうしたら、平祁は消えるんじゃないのか?」
「そうなるかもな。でもそれが、過去が導き出した未来…」
二人の落ち着いた雰囲気を見ていると、今日この場で争うつもりはないように感じる。もっと前から、この日は傍観に努めることが決まっていたとすら思える。
「じゃあテロが起きても、助けてくれないの?」
濃子が聞くと、
「どこまで関われるかは不明だが、できる限り全力は尽くそう」
そう答えたのは、平祁だった。自分に死なれたら迷惑だから、と瑠瀬は思った。
「でも、どうやってここに? それに源治たちの席はないぞ?」
「この時代の警備は、ワタシたちのそれと比べると弱い。その後にどこが強化されるか、わかっているのだ。だから簡単に入れた。それにワタシたちは観戦するつもりはない。結果は既にわかっているのだから」
そう答えると、反転した。
「どこに行くの?」
濃子の問いかけに平祁が、答える。
「その時まで、まだ結構時間がある。何か起きたらすぐに駆けつけるが、それまで過去の世界を見学させてもらおう。何せオレたちは、記録映像でしかこのオリンピックを知らないのだから」
二人は瑠瀬たちの元から去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます