七月 その五

 北橋を渡って中の島にある野鳥観測台に着くと、また双眼鏡などを取り出し、鳥を探す。

「やっぱりサギが多いな…」

 種名を特定できなくても、何の仲間かぐらいは瑠瀬にもわかった。首や脚、嘴は長いのに尻尾は短い。ここで何度も観て来た鳥だ。

「冬ならもっと綺麗な鳥が来るのにな…。今年の冬休み、受験勉強の合間に来てみるか?」

 朋樹の提案に、瑠瀬は返事が出来なかった。

「…瑠瀬? どうかしたか?」

「いや、何でもない…」

 目の前の水際の光景は、谷中湖の水面が太陽光を反射して明るいのに、瑠瀬の返事は暗い。

「ノリが悪いな…。濃子はどうするの?」

 指名された濃子は驚いて、慌てて答える。

「わ、私? ええ、えっと…。その、何というか…?」

 返事はしたものの、答えになっていなかった。

「二人揃って、何も決めてないのかよ? この先どうなることやら…」

「決めてはいるよ」

 瑠瀬が言った。

「何を?」

 当然、そう返って来る。ここで瑠瀬はしまったと思った。瑠瀬が決めたことと、朋樹が聞きたいことは全く違う。それに気付かず反応してしまったのだ。朋樹は瑠瀬に顔を合わせて、さらに尋ねる。

「だから何をだよ?」

 動揺している瑠瀬を助けるかのように、今度は濃子が発言する。

「い、今はそういうのは置いておいて、観察を楽しみましょう?」

「…? まあ、そうだな」

 朋樹も変に気にしないで、視線を湖の方に戻してくれた。

 しかしこのタイミングで、雨が降り出した。

「天気予報では、四十パーセントって言ってたのに~」

 慌てて西橋を渡って雨宿りできそうなところを探すが、見つからない。幸いにも激しい雨ではなかったので全身がびしょ濡れになる前に、柳生駅にたどり着けた。駅に着いたと同時に、雨は勢いを増した。

「これじゃあ、続けられそうにないな…」

 徹の言う通り、今日の野鳥観察はもう中止だ。

「でも夏休みは長いんだしさ、誰かさんは赤点のせいで来られないかもだけど、またの機会で良いんじゃない?」

 純心がそう言った。朋樹も徹も、亜呼もそれで良いと頷いて答えた。

「瑠瀬たちは? 今日はもう帰るしかないでしょう?」

 純心に言われて、二人は無理に頷いた。次のチャンスは、回って来ることはないと知っていながら…。

 ホームで待っていると電車が来たので、六人はそれに乗って板倉東洋大前駅に向かうと、そこで解散となった。


 七月も最後の日となった。今日、瑠瀬と濃子は東京のホテルに移動する。喫茶店で合流するとまず、駅に歩いてそこから電車で久善駅に行く。そして新幹線に乗り換えて東京までの旅。行きで不安があるとしたら、東京で迷子になることぐらいだろうか。麻林が用意してくれたホテルは潮見駅の近くらしいが、地図を見てもさっぱり頭に入って来ない。

 新幹線の中で二人は、駅弁を食べながら話をした。

「京葉線に乗ればいいって、麻林ちゃんはそう言ってたよ」

「でも初めての所だ、上り下りを間違えることも考えておかないと…」

 だが地図を見るに東京が始発のようで、間違えようがなさそうだ。各駅停車の電車に乗る必要はあるみたいだが。

「…田舎者って感じがぬぐえないな」

 二人とも初めて東京に行くのだから当たり前だ。でも何も、恥じることではない。実際に今、オリンピックを見るために全国どころか世界中から人が集まっているのだから。栃木からやって来る二人は寧ろ東京に近い方で、極端な訛りもない。

「濃子…」

 瑠瀬の方から切り出した。

「何が起きても、必ず守ってやるからな」

 それを受けて濃子も、

「大丈夫。怖くないから心配しないでいいよ」

 と、心境を悟られないように瑠瀬に言った。瑠瀬は濃子のことを守るつもりだ。でも濃子は、自分を守って欲しいと思っていない。

「瑠瀬こそ、無理は禁物だよ。私よりも先、長いんだし」

 二人は二人とも、自分が選ぶべき未来が正しいと思っている。だがそれは全く別の未来であり、決して交わることはない。

 源治の未来と平祁の未来の両方を知っているのは、濃子だけである。瑠瀬に幸せになって欲しいものの、だからと言って源治にも消えて欲しくない。自分に好都合な未来のためなら、不都合な未来やそこで生まれる人をその存在ごと、否定していいのだろうか? だが、片方しか選べない。そのことが濃子を余計に苦しませる。

 二つの未来が混ざって一つになれば、どれだけ楽なのだろうか…。でもそれはあり得ない。平祁と源治は、母親が違うだけ…ほぼ同一人物だ。本名を名乗れなかったのには、そういう理由があるのだろう。同じ人物は、一人しか存在してはいけないのだ。未来が一つしか存在できないように…。

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