七月 その四

 期末試験を終え、夏休みに入った。宿題こそ大量だが、学校に行かなくていいのはやはり嬉しい。九月になればみんなと会えるし、仲の良い友達とは遊ぶ約束がある。気前の良い人は喫茶店を利用してもくれる。

 今日も約束があって、喫茶店落ち合うことになっている。

「しかし、遅い。何分待たせる気なんだ…?」

 純心が文句を言うのも無理はない。徹は時間になっても一向に現れない。しびれを切らした彼女は、メールを送った。

「…あと少しだって」

 そう返事が返って来たようだ。

「その少しって、どの尺度で例えてるんだ?」

 朋樹も文句を言った。

「まあ、そうせっかちにならないで。遊水地は逃げないでしょう?」

 亜呼がそう言うのだけれど、

「でも鳥は逃げるぞ?」

 純心と朋樹が同時に言った。彼らの目的はバードウォッチングであって遠足ではない。せっかく遊水地に行っても鳥がいなければ、意味がないのである。ただ炎天下で進むだけになるのはごめんだ。

「徹だけ、現地集合にしようか…?」

 瑠瀬が提案したが、

「広い遊水地で集合するのは難しいと思う。まだ昼前だし、もっと待とうよ」

 と濃子が言った。

 徹が喫茶店に到着したのは、それから十分後だった。

「お、待たせしました…」

 息を切らしているため、駅から走って来たのは一目瞭然だった。瑠瀬がすぐにお冷を出すと、徹はそれを一気に飲み干す。

「よし、行こうぜ」

 徹の息が整ったのを確認すると、朋樹が言った。そして六人で遊水地に向かう。

「やっぱり暑いね。炭火で焼かれてるみたいよ…」

「何をオーバーな。どうせ秋には涼しくなるだろうに」

 汗をタオルで拭き取りながら、亜呼と純心が気温について話している。それを聞いていると、こっちまで余計に暑さを感じる。

「何か涼しい話をしようぜ? 怖いヤツとか」

「朋、何があるんだ?」

「とっておきのがあるぞ。この前の試験の時のことなんだが…」

 朋が語りだす。

「国語の問題、過去問とガラリと変わっていて、試験開始のアイズとともに俺の頭の中が真っ白になった…」

 それを聞いたみんなが笑った。濃子なんてお腹を押さえている。

「笑い話じゃねえよ! 塾の先輩から、絶対にあの先生は問題を変えないって言われてたのに…。八月は赤点補習決定だ…」

「それは、残念だったというより自業自得じゃない? 普通に怖い話はないのか?」

 徹は、フォローしてやる気がないようだ。

「じゃあ誰かさんの実験中のキモ過ぎ発言でも暴露する?」

「そ、それは…。やめろー!」

 その内容を知っているのは瑠瀬と朋樹と徹だけなのだが、

「徹がまた何か言ったんでしょ? そんなのすぐに想像できる」

 純心が即座に反応した。徹が必死になって言い訳するも、純心には全く通じない。

 そんな会話をしている間に、ウォッチングタワーに着いた。まずはここでお昼を食べる。四阿の下なら直射日光を避けられるので、みんなくっついてサンドイッチを食べた。

「やっぱり瑠瀬の親は料理、上手いなあ。これを本当にタダで食べていいのか、大いに疑問だぜ」

 朋樹が一口食べてそう言った。褒められているのは瑠瀬の親だが、そう言われるといつでも嬉しく感じる。

「ホント、おいしいよね。給食とは天地の差だよ」

「ここら辺の高校に進学すれば、毎日昼に食べれるのか。アリだな」

「徹にしてはいい考えじゃない? 合格できれば…の話だけど、お昼が美味しいのは嬉しいことだね」

 他のみんなも好い感想を言ってくれた。

 でも瑠瀬と濃子は、まだ食べていない。

「どうしたんだ二人とも? 食べないなら俺がもらうぞ?」

 朋樹がそう言うと、二人は我に返ったかのように食べ始めた。食べ物は、食べてこそ意味がある物だが、二人はできることならいつまでも残っていて欲しかったから、すぐに口に運べなかったのだ。

 瑠瀬の喫茶店は、もうすぐなくなる。どちらの未来に転んだとしても、消えてしまう運命だ。痕跡すらなくなるような気がして、喉をなかなか通らない。

 昼食が済んだ時刻は、予定よりも五分ぐらい遅れていた。


 ウォッチングタワーには無料で覗くことができる望遠鏡がある。それを使って敷地内の鳥を探す。

「あっちにアマサギがいる。あ、今飛んで行った…」

 瑠瀬が望遠鏡を向けたその遠くで、白い鳥が一羽、空に向かって羽ばたいた。自前の単眼鏡で覗いていた朋樹の意見は、瑠瀬とは異なった。

「俺はチョウサギだと思うけど、濃子はどう思う?」

 双眼鏡で同じ鳥を観察していた濃子だが、鳥の種類には詳しくないので答えられなかった。

「あ、暑い…」

 手で自分をあおぎながら純心が言った。四阿の下に腰かけて太陽光を避けても、周囲の気温の高さまでは覆せない。

「純心。コレ、やるよ」

 徹がスポーツドリンクのペットボトルを差し出した。未開封の、五百ミリリットルのヤツだ。

「…これ、どうしたの?」

 純心が聞き返すと、

「駅に着いた時点で遅刻確定だったから、水分くらい補給しないとって思って自販機で買ったんだけど、瑠瀬が水をくれたから、飲む機会がなかったんだ」

「私がもらっていいの?」

 徹は無言で頷いた。

「開ければわかるけど、俺は口を付けてないからな? 流石にそんなことはしない」

「言われなくてもわかってるよ、あんたが一線を越えないことは。そんな度胸は何処にもないでしょう? そこは恵美から聞いてるし」

 蓋を回して開けて、純心は飲んだ。

「…今度はアクエリアスにしてよ」

 文句を言ったが、その顔は嬉しそうだった。

 一人でカメラを構えて写真を撮っている亜呼。遊水地の綺麗な風景も撮影したが、他のみんなの姿もカメラに収める。

「あと半年とちょっとで卒業なんだよね…。みんなと別れたくないな~」

 そんな独り言を口にしながら、色々な方向にレンズを向けた。野鳥の観察をする瑠瀬と濃子と朋樹。日陰で休んでいる徹と純心。悔しいことに、この六人の中では亜呼が一番成績が悪い。誰とも同じ高校には進めそうにない。

「みんな、筑波山をバックに集合写真撮ろうよ!」

 三脚を組み立てながら亜呼は叫んだ。ここに来た記念という意味もあるにはあるが、亜呼としてはもう六人で集まる機会がないかもしれないから、と思って提案した。

 タイマーを設定し、筑波山を後ろに六人は並んだ。真ん中は、もちろん瑠瀬と濃子だ。

 シャッターの音がしたので、亜呼がカメラの画面を覗く。

「どうだ?」

 朋樹の問いに亜呼は、

「バッチリ! 良く撮れてるよ!」

 と返した。

「後で現像して、みんなに配るね!」

 夏の思い出をフィルムに焼き付けると、六人は次の目的地に向かうためウォッチングタワーから降りた。

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