三十五年後 その五

 それから三カ月が、意味もなく経過した。

 濃子の寿命のズレは、三日前に止まった。

「二〇三〇年一二月十日…」

 テロで即死したはずの人が、十年にわたって生きていたことになっている。

 平祁はリビングのソファに力なく腰を下ろし、テレビをつけた。答えがわからないことに対して、考えても無意味。これはただの現実逃避である。

「暦の上では十一月下旬ですが、相変わらずの猛暑です。また熱帯雨林に雪が降る等の異常気象も終わりが見えません。台風がさらに四つ、発生しました」

 アナウンサーがそう喋っている。思えばこの騒動が起きる前から変だった。

「ちょっといいか? 私の部屋に来て欲しい」

 父が手招きした。平祁は後を付いて行った。

「何ですか、お父様?」

「お前に頼みたいことがある」

 父はある封筒を平祁に差し出した。

「この封筒には、紙が一枚入っている。そこに書かれている住所に行くんだ」

 聞き返すと、

「これは、最初にズレを発見したお前にしか頼めない。きっとお前なら…」

「だから、何の話なんですか?」

「詳しくは言えない。この住所に向かい、水沢大宙という人物に接触するんだ。私も所在地は知らないので、その場にお前を送ってやることもできない」

 父の言葉からただならぬ不安を、平祁は感じた。

「わかりました。お父様がそう言うのなら、従いましょう」

 父は平祁に、ありがとうと言った。同時にすまないとも言った。

「お父様の期待に、最大限答えてみせます」

 平祁はそう言って、父の書斎を出た。早速その住所に向かおうとするが、何があるのか、わからない。それにここ最近は、不審者も多い。二カ月前から急に激増したのだ。これについての原因はよくわかっていない。ほとんどの不審者は、記憶がないの一点張りだ。

「そして…。これは無断で借ります、ごめんなさい」

 父の部屋から、気づかれないように持ち出した、甲冑が身につけていた短剣。人を傷つけようとは思っていないが、護身用だ。平祁は一人旅をしたことがなく、さらに送迎もいないのならなおさら不安である。身を守るためというよりはその役目はお守りと言った方がいい。

 家を出る。天気予報では快晴と言っていたが、ものの見事に土砂降りだ。傘を差し、まず門を出ると封筒を開けて、目的地に向かった。

 森林の中に、その施設はひっそりと存在していた。

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