三十五年後 その四

 嫌な過去を聞いてしまったために平祁には罪悪感があったが、父はテロで誰よりも悲しみ、他の誰にも同じ思いをして欲しくなくて平和活動に身を捧げていることがわかったのは大きな収穫でもあった。

「それが父の原動力…」

 再びドキュメンタリーサイトを閲覧する。この人が、父の人生を変えたと言っても過言ではない。ページの隅から隅まで目を通した。

「もし生きていたのなら、それは、別の未来があってもおかしくない…」

 平祁は、何か違和感を抱いた。言い表せない感情が、心の底から湧き上がる。

 何かがおかしい。今までの父と母の話に、これといった矛盾点は何もないはずだ。

 もう一度、サイトをじっくりと見る。

「斧生濃子。二〇〇五年七月三十一日生まれ。二〇二〇年八月十一日没…」

 違和感の正体がわかった。平祁は全ての動作が止まり、凍りついた。

「この前と、違う…?」

 サイトの更新は、随分前で最後になっている。ということは昨日自分が閲覧した時と、全ての記載が同じでなければいけない。変わるはずがない。

 やっと右手が動いた。マウスカーソルを動かし、ページを更新する。もし表示の不具合なら、これで直るはず。

 思いとは裏腹に、直らなかった。

「二〇二〇年八月二十二日…」

 もう一度、同じ動作を繰り返す。しかし結果も同じ。

「命日が、ずれていく…」

 画面を更新すればするほど、濃子の命日は延びる。平祁がマウスから手を放した時、濃子の命日は十月九日になっていた。

 一旦、落ち着こう。パソコンの画面から目を放す。

 最初に見たときには、確かに八月一日だった。だが今や、それから二カ月以上生きていることになっている。

 ならばパソコンの不具合を真っ先に疑うだろう。しかし、あることが平祁の頭から離れない。

「濃子は私の目の前で爆発に巻き込まれ、病院に運び込まれる前に命を落とした」

 父が語っていたことだ。これを言い換えるなら、爆発で濃子は即死したということ。

 ならテロの日が違うのか? それはあり得ない。小さい時から知っているし、今までに手にした歴史の教科書に必ず書いてある。テロは八月一日だ。他のサイトで確認したが、その日で間違いがなかった。

「濃子様は、テロ当日に爆発で亡くなられた…。だとするなら、命日はテロの日で動くはずがない…」

 この、形容しがたい恐怖は何だろうか…。平祁は部屋を飛び出し父の書斎に向かうと、ノックも挨拶もせずに中に入り込んだ。

「どうしたんだ、そんなに慌てて?」

 自分の無礼を、父は咎めなかった。いや、自分の様子を見て、すぐに何かあると感じたのだ。

「お父様。これをご覧下さい…」

 平祁はポケットからスマートフォンを出すと、あのサイトを検索し、ページを開いた。

「私が若い頃に作った、ドキュメンタリーサイトか。懐かしいな。私は当時、あまりITには詳しくなくて…」

「そんなことを話しに来たんではないんです。ここを見て下さい!」

 平祁が指し印したのは最終更新日。今から十五年以上も前の日付が書かれていることを父と共に確認する。

「それがどうかしたのか?」

「次に、こっちです」

 濃子の命日に指を持って行く。

「むむ? 十一月二十日?」

 最後に確認した時より、一カ月以上ずれた。父は机に戻り書斎のパソコンを立ち上げると、すぐにサイトを開いた。

「十二月…十八日…」

 平祁は父と顔を合わせた。何かが起きていることはわかったものの、それが一体何であるかはわからなかった。


「どうも小田切です」

 父と知り合いだというシステムエンジニアが屋敷にやって来た。平祁の、いいや屋敷中の機械という機械を数日かけて徹底的に調べてもらった。結果は、

「特に異常はない。不具合を起こしているコンピュータは一台もない…。外部からのハッキングの形跡もゼロなんだが…」

 父がエンジニアに掴みかかった。

「そんなはずはないんだ、朋! どこかがおかしくなければ、こんなことは起きるはずがない!」

「そんなことを言われても…。その、濃子…さんだっけ? 実家か病院に問い合わせてみたらどうだ?」

 父の表情がまた凍りつく。

「何言ってるんだお前…? 一緒に葬式に行ったことを忘れたのか? 俺もお前も由香も亜呼も純心も泣いていたのを忘れたのか! 幼稚園から中学時代まで、ずっと一緒だったじゃないか!」

「え、瑠瀬、ちょっと待てよ? 俺が、この人といつ知り合ったって…? それにその人たちは…?」

 エンジニアの言っていることが嘘とは思えない。至って真面目だ。本気でなかったことを問いただされている顔だ。

「…中学時代のクラスメイトを一人、挙げてみろ」

「え~と、誰だったっけ…。アレ、全然思い出せない…」

 その場に母も現れた。

「あ、久しぶり」

 しかしそれ以上の言葉が、エンジニアから出て来ない。

「朋様…でしたわよね?」

 母が自信なさげに言った。

「…フルネームで言えるか?」

「バカにしないでよ! 小田切朋…。朋………。とも……………?」

 母はその先が言えなかった。

「お父様、お母様、小田切様。一体全体、何が起こっているんです?」

 耐え切れず、平祁が叫んだ。

 しかし答えは、誰にもわからなかった。

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