三十五年後 その六
「それが平祁の…未来……」
濃子は衝撃を受けた。驚くべきことに、平祁の語った未来は、源治のそれとは全く異なっていた。
同じなのは父が瑠瀬であること、元々の時代の西暦、テロが起きたこと、自分が死んでいることだけだ。それ以外に合致していることは、発見できなかった。
いや、一つ見落としていた。平祁の未来では、データが改ざんされていたり、人々の記憶が消えたり、異常気象が起きたりしている。それは確か、源治の未来でもあったはずだ。
過去のことを考えた途端に、違う未来が生じている。そしてバランスが取れないからなのか、両方の未来で不具合が発生している。止めるには、片方が消えるしかないだろう。
それはつまり、平祁と源治は同時に存在できないことを意味していた。
「オレが初めにこの時代に来た時にしたことは、その施設で聞いていたことだ。施設のお偉いさんは、違う未来からも同じように過去に人が向かうかもしれないと言っていた。だから源治をまず探した。しかし戦っても決着が一向につかない。つけられないと言い直そう。オレは源治について詳しく知らないが、違う未来での同一人物と考えている。同じ人間同士、争ったところで傷ついたとしても、終わりなんて見えない…」
「だから私と二度目に会った時、源治からすぐに逃げたのね…」
決着をつけられない人物と戦いながら、濃子を狙うことなど不可能。そして警察に捕まるわけにもいかないので、逃げるのに支障が出るような負傷も禁物。おまけに瑠瀬に手は下せない。あの時潔く引いたのには、そういう理由があった。
「でもどうして、最初に会った時に私に襲いかからなかったの?」
お茶をもう一口飲むと、平祁は答えた。
「瑠瀬と濃子が、くっつかなければいいと考えたからだ。オレもできれば、穏便に済ませたい。しかしそれが上手くいかなかったから、直に手を下すことにした」
キッチンの床に落ちて砕けた短剣を見ながら、
「でもそれも、駄目だった」
と言った。
「凶器なら他にもあるんじゃないの? あの短剣にこだわる必要なんてどこにも…」
「オレには過去に干渉する力がないのだ。アレが折れた時にそれがよくわかった。オレがこの時代で何をしようが、全てが無意味だ…」
平祁はもう、諦めている。
「じゃあ、げ、源治の未来が実現するの?」
濃子としては、源治の未来の方が嫌である。だから今日、平祁が襲ってきた時に何も抵抗しなかった。
「それも違う。源治がどこまでわかっているかは知らないが、アイツも干渉できないはずだ」
「どうしてそう思う?」
「この時代が源治の未来に向かうのなら、オレが今存在しているのがおかしい。オレは生まれてこなくなるはずだからな。オレの未来はまだどうやら、存在している」
確認する術はないが、平祁はそう言った。そして、
「…何のために過去に来たんだか。目的は達成できず、オレが生まれてくるかもわからない。笑えるな、とんだ無駄骨だ」
自虐的に言った。
「無駄なんかじゃないよ」
濃子は慰めるように言った。
「何故言い切れる?」
「平祁には悪いんだけど、もしも平祁も源治も現れなかったら、私は瑠瀬と昔のように仲良くできなかった。もしかすると麻林ちゃんが観戦に行って、テロに巻き込まれていたかもしれない。そう考えると、二人がこの時代にやって来たのは無意味なんかじゃない」
「麻林がテロに遭わないことが、オマエに有利に働くのか?」
濃子は頷いた。
「だってそうでしょ? 平祁の未来で瑠瀬は、幸せなんだもん。その息子であるあなたも、源治よりはるかに幸せ…」
「自分はどうなってもいいのか?」
この態度に驚きを隠せず、平祁は尋ねた。
「誰かを不幸にしてまで、自分が幸せになるべきじゃない。好きな人の幸せを考えることが、一番求められてるって、平祁は私にそう言ったじゃない!」
平祁は目を閉じた。きっと濃子との最初のやりとりを思い出しているのだろう。
「……そうだ。オレはオマエにそう言った。オレが母から受け継いだ言葉だ」
「やっぱり平祁のお母さんは、麻林ちゃんなのね?」
今の言葉で、はっきりわかった。
五月に濃子が平祁と会った時から、そうではないのかと思っていた。瑠瀬が自分の過去を話さない限り、瑠瀬の同級生の名前を挙げるなんてまず無理だ。それに平祁の未来では、朋樹が出てはきたが、平祁は彼と初対面だったようだ。幼馴染の濃子のことも、瑠瀬の親友のことも知らないのに、麻林だけ登場するのは不自然に思う。
また平祁の未来も、相当裕福な家庭のようだ。楸中学にお金持ちの子はそんなにいない。瑠瀬と中学時代から交流があるお金持ちの女の子と言われると、麻林以外に思いつかない。
決め手となったのは、あのフレーズだ。
「誰かを不幸にしてまで、自分が幸せになるべきじゃない」
これは当初、平祁が濃子に、瑠瀬を諦めさせるために言ったと思ったが違う。麻林も同じことをこの前言っていた。母から子に受け継がれた言葉なのだ。だから麻林が濃子に言った時、既にその言葉をどこかで知っていたのだ。
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