五月中旬 その六

 しばらく観察を続けていると、職員が客間にやって来た。

「お嬢様。糸が乾きました」

 そう言えば糸繰りを午前中にしていた。それぞれ糸を麻林から渡してもらった。

「……由香、欲しい?」

「それは恵美のものであって、私のものじゃないの」

 結局恵美は、糸だけだからと思うことで妥協したようだ。

「これ結構綺麗だし、プレゼントしたら、女子が喜ぶかな?」

「徹…。そんなスケベ丸出しプレゼント、受け取る人いると思うか?」

 徹も相変わらずで、今度はその下心を朋樹が指摘した。

受け取るとバスに乗り、渡良瀬遊水地に戻った。

 麻林はバスとともに帰ってしまったので、夜ご飯は瑠瀬の喫茶店で五人で食べることに決めた。

「瑠瀬」

 瑠瀬の父が、彼を呼んだ。

「何だい父さん?」

 父は封筒を持っている。それを瑠瀬に差し出した。

「今日届いたんだけど、その日父さんたち、外せない用事が入っちゃってな…」

「そうなの?」

 瑠瀬はそれを聞いて、落胆した。

「何だそれ?」

 朋樹が封筒を取り上げる。

「おい、東京オリンピックの観戦チケットじゃないか!」

 今年――二〇二〇年の夏に東京で開催されるオリンピック。当然チケットは人気だ。毒島家は三人家族だが、倍率が非常に高くて二人分しか取れなかったぐらいだ。

「となると、どうしようか…」

 申し込みは瑠瀬の名前で行った。警備が厳重になっており、申し込んだ人が当日行かなければ観客席には座れない。となると誰かに譲ることもできない。

 なら自分が行けばいいとなる。しかしここにいる朋樹、徹、由香、恵美の内、誰を誘う? 選ばれた一人は嬉しいかもしれないが、誘われなかった三人は怒るだろう。

 となると、クラスの誰かをこっそり誘うか? でもチケットがあることが四人に知られているし、チケットがあるとクラス中に知られたらやはり選ばれなかった人が可哀想だ…。

「麻林でも誘えばいいじゃないか?」

 恵美が言った。

「え?」

 瑠瀬がすぐに聞き返す。今度は由香が背中を押す。

「あの子、製糸場でずっと瑠瀬のこと見てた、きっと気があるんじゃない? 瑠瀬に誘われたら喜んで一緒に行ってくれる。絶対断らないと思う」

 確かに麻林を誘えば、お互いに仲良くなれる機会にはなる。

「………」

 だが瑠瀬には、誘いたい別の人がいた。その人とは今年やっと同じクラスになれたのに、中々話をできていない。これを機に昔の様な関係に戻れたら…と思うのだ。

「悪くない選択だな。麻林って顔も可愛いじゃん。まあ濃子には負けると思うけど。大金持ちで将来も安泰か?」

 朋樹の発言に、一瞬だけ瑠瀬が反応した。しかし、誰も気づいてなかった。

「…麻林、さんか」

 昔仲の良かった幼馴染を選ぶか、今仲のいい子を選ぶか…。この場で瑠瀬は、決められなかった。

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