五月中旬 その三

 麻林の会社の人が迎えに来てくれると言うので、瑠瀬たちは一番集まりやすい瑠瀬の家に集合した。一応社会見学ではあるので、全員いつもの制服だ。

「もっと国語に重点を置くべきだったわね」

「いいや、私は数学を完全に舐めてた。数学こそとんだ伏兵だ」

「…英語で泣いたのは俺だけか…」

 三人が昨日のテストに後悔している。

「ジンジャエールでも飲む?」

 瑠瀬の実家は喫茶店である。まだ朝早く開店していないが、友達が来るからと特別に朝だけ開けてもらった。徹はお冷で十分と断ったが、由香と恵美は喜んでコップを受け取った。

「俺はコーヒーにするぜ」

 朋樹が言ったので、瑠瀬はコーヒーを入れた。

「はい、ブラック」

「そこはコロンビアにしてくれると思ったのに…」

 うなだれる朋樹を見て、由香たちが笑った。

「瑠瀬、ゴミ箱は店にないの?」

 徹が鼻をかみ、捨てる場所を探したが見つからないので聞いた。

「テロ対策だって。全くこっちには来ないだろうに…」

「しっかし、何か店の中の装飾が凝ってるっていうか…。ヨーロッパみたいだな」

 店の中を見回しながら恵美が言った。

「父さんの趣味だからね。十字軍とか百年戦争とか、大学で学んではまったんだ。俺には正直、よくわからないけど…」

 世界史に興味がない、とはっきり言ったことはない。だが瑠瀬は、自分はどちらかと言えば理系だと思っている。だとしたら学ぶ機会はないかもしれない。

「スゲー。映画の中でよく出てくるナイフみたいによくできてるよコレ」

 徹が飾られている甲冑の腰から、短剣を取った。

「危ないぞ、徹! 今すぐ元に戻せ!」

 瑠瀬はそれを見るや否や、大声で怒鳴った。徹は言われた通り元に戻した。

「…本物なのか?」

 恵美が尋ねた。

「この通り」

 朋樹が腕を捲った。そこには小さいが、切り傷がある。これは昔、ここでふざけて遊んでいた時に甲冑にぶつかり、偶然落ちてきた短剣で切った傷だった。

「あれはすごく痛かった。今でも涙が出てきそうだ」

「だからここで走るなって何度も言ったんじゃないか。それに朋は、濃子に言われて初めて、切れてることに気付いたくせに」

「そうだっけ? ってかよ、こんな危なっかしい物を置いておく店にも問題あるんじゃねえのか?」

「何を言う?」

 瑠瀬と朋樹はお互いに睨み合っている。

「なあ由香、止めた方がいいんじゃないのか?」

 恵美に対して肝心の由香は、

「大丈夫。あの二人は絶対に喧嘩に発展しないから」

「そんなに仲が良いの?」

 徹は二人とは、中二の時に出会った。恵美に至っては、今年初めて同じクラスだ。由香は二人のことを、小学校時代から知っている。

「瑠瀬が朋に、筋肉的にも知識的にも勝てないから」

 それを聞くと恵美も徹も「そういう意味かよ!」と突っ込みを入れた。そして二人の方を見ると、言っていた通り瑠瀬が引き気味だった。

「…今度父さんに言ってはみるよ。実現するかどうかは別だけど」

「確かに。俺が怪我しても改善されてないもんな…」

 言われた通りにしてくれるなら、既に撤去されてなければおかしい。これについては朋樹も、昔から期待していない。

 カランと入り口のドアのベルが鳴る音がした。

「お待たせしましたわ」

 麻林が到着した。瑠瀬たちは外に出た。外には、少し高級そうなシャトルバスが停まっている。麻林に案内されて、瑠瀬たちは乗り込んだ。運転手の他に、バスガイドみたいな人が乗っている。

「ここからですと、お時間ちょっとかかりますわ。ですので、みな様を退屈させないためにも、養蚕の歴史について解説して下さるガイドさんをお願いしましたの」

「ようさん?」

 徹が聞いた。瑠瀬たちも聞きなれない言葉で、漢字が思いつかなかった。

「蚕を飼育して、絹を得ることです。それを説明していきましょう」

 ガイドさんはやる気満々である。

 由香と恵美がバスの中央に座った。その手前に徹が席を取った。朋樹は一人、一番後ろに行ってしまった。瑠瀬は朋樹の方に行こうとしたが、麻林が腕を引っ張って止めた。

「もう、出発いたしますわ。瑠瀬様、お座りになって」

 瑠瀬は前の方の窓側に座った。その隣に麻林が腰を下ろした。

「え~ではみなさん、おはようございます。今日は藤枝紡績会社にようこそ…」

 ガイドが話を始めた。同時にバスが動き出した。

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