第七話 明日への一歩

 三日経った。この日は先輩の葬儀が行われる日。三日ぶりに家を出た。繭子とイワンとは一緒に葬儀場に向かい、久姫とは現地で合流した。

「やっぱり雨宮の悪行は報道されませんでしタネ。式神のこととなると無理なんでしョウ」

「それどころか世間は酷い! 雨宮の死因がわからないのをいいことに、悲劇の主人公に仕立て上げてる。私だったら絶対考えられないよ!」

 イワンと久姫が文句を言う。それを聞いても何も発言しない陽一に繭子は寄り添って言った。

「眼に見えることが全てじゃないのにね。見える人にしかわからない真実だってある。陽一はそれを信じて生きて行けばいいじゃない? 何も陽一だけが罪悪感を感じる必要はないよ。元気出して」

「わかってるよ…」

 わかってはいる。だがそれができないのだ。

 四人は会場の奥に進んだ。その時、年配の女性にいきなり話しかけられた。

「君が辻本陽一君だね?」

 知らない人である。

「そうですが。誰ですか?」

「私は陶児の母です」

 その言葉を聞いた瞬間、陽一は謝罪しなければいけないと感じだ。先輩の死は自分のミスだからだ。

「陶児があなたに、渡してくれって。これを」

 女性は陽一に封筒を渡した。

「何ですコレ?」

「私も中身は知らないの。あの子が絶対に開けるなって言うから…」

 先輩が俺に残したもの。何だろうこれは…?


 葬儀は終わった。先輩に最後の別れをした後、会場から出た。親が迎えに来てくれると言うので来るまで待つ。

「それ、開けてみてはどうでスカ?」

 イワンが興味を示している。自分も興味があるが、これが雨宮の最後の罠だったら? その考えが頭から離れず開けられずにいた。

「トラップだったら? 俺が家に帰ってから一人で開けるよ」

「罠だったらなおさら今開けようよ。こっちは四人いるんだよ? 式神が召喚されても十分対応できるわ」

 久姫の言う通りか。

「じゃあ、開けるぞ!」

 封筒を開けた。中には手紙と数珠が入っている。

「手紙だな…。読むぞ」

「…以上みたいだな」

 そう言って手紙を閉じた。

「陶児サン、そんなことを考えていたなンテ…」

「死んで欲しくなかったわよ。だって先輩は頼もしいし…」

 先輩の死を再び嘆くイワンと久姫。その横で、繭子は陽一の気分が腫れているのを感じた。

「何が書いてあったの、陽一?」

「繭子。気付いたのか?」

「だって切り方が不自然だったもん。それに数珠については何も書かれてなかった。おかしいでしょう?」

「気付いちまったのならしょうがないな。ちょっと来てくれ」

 繭子をその場から連れ出した。

「で、何が書いてあったの?」

「先輩は自分が死んだら一番落ち込むのが俺だってわかってたみたいだな。そんな内容だった」

「これはきっと、陽一の役に立つよ。何か、感じるもの」

「そうか。俺からしてみれば単なる数珠にしか見えないんだが…。でも先輩が言うんだ、特別な数珠なんだろうな」

 数珠を腕に付けた。繭子と違って何も感じない。だが、これを付けてきた人たちのたくましい意志がこの数珠には宿っている。それは感じる必要はない。自分もその仲間に入るからだ。

「でも、陶児さんはどうしてあの日数珠を付けなかったんだろう? 高浜家の家宝なんでしょう? ここぞという時になくちゃあ駄目じゃない?」

 確かにそうだ。

「…きっと先輩は、これに頼ることをやめようとしたんじゃないか? 数珠がなくても勇気が必要な時があるんだよ。そういうことも俺たちに教えたかったんじゃないかな。きっとそうだよ」

 それ以外にも理由はあるのだろう。

「それと、これを未来に託したかったんだ。手紙にも書いてあっただろう、未来に運んで行けと。自分がいなくなったとしても数珠を未来へ運んで行ってくれる人…俺に託したかったんだ」

 陶児先輩ならきっとそう考えるだろう。そしてそれを実行したのだろう。だから数珠がここにある。先輩が先祖代々受け継いで、そして俺へと運ばれてきた。未来に託す強い意志が。

「じゃあ今度は陽一が、次の人を見つける番ね」

「そうだな」

 これをさらに未来へ運ぶ人。俺に与えられた使命はその人を探し出すこと。俺は言わば中継ぎでしかない。

「すぐ見つかるかもしれない。ずうっと見つかんねえかもしれない。だけど俺は先輩の魂を、意志を無駄にはしない」

 落ち込んでいる場合ではない。やることができた。俺の人生の目標が。失ったばかりだと思っていたが新たに得た。

「すぐには見つけないでよ。その時に陽一が死んじゃうかもしれない。そんなの嫌!」

「俺は死なないさ。だから先輩も俺に託したんだ。役目を終えるまでは絶対に最後まで生き抜く。いや生きてみせる!」

 イワンたちが呼んでいる。迎えが来たようだ。

「帰るか。もうここに長居する意味は無い」

 先輩の意志は理解した。

「そうね。行きましょう」

 陽一は歩き出した。その一歩は陽一にとって忘れられない一歩となった。

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式神召喚士 杜都醍醐 @moritodaigo1994

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