第六話 勝利こそしたが…

 しかし陽一は生きていた。間一髪[アテラスマ]の治療が間に合ったのだ。

「無茶しないで。お願いだから」

 今にも泣きそうな繭子の頭を撫でる。そして目をある方向に向けた。黒焦げになった死体。雨宮は死んだ。[クガツチ]の炎で。陶児先輩の仇は撃った。

 焦げた匂いがする。キャンパス内にいる人が徐々に集まってくる。

「人目のないところにまずは行きましョウ」

 イワンが先陣を切って歩き出す。

「待って」

 陽一が止める。

「先に行きたいところがある。みんな付いて来てくれ」

 向かった先は作戦を立てた時に、自分と先輩が待機することになった場所。

「やっぱり…。あった」

 雨のせいで服は濡れている。だがそんなに時間は経ってないはずだ。

「[アテラスマ]。先輩を治せるか?」

[アテラスマ]が先輩の体に手をやる。

「駄目です。この者の魂は既にこの世にありません。命のない者を治すことは私にはできません」

「そうか…」

 みんなが無言になる。目を向けられない奴だっている。

「先輩は」

 陽一が喋り出した。

「先輩は…。立派だった。小学生の時に出会った。今まで尊敬できるような人なんてこの世にいないと思っていた。けれど違った。それが陶児先輩だった。正義感が人一倍強くて、真面目で、優秀で、常に人の前に立って、非の打ちどころがなくて…」

 喋っているのに涙が出る。気持ちを紛らわせることができていない証拠だ。

「俺たちは、雨宮好恵に勝った。式神も全部破壊して、雨宮自身の命も奪った。なのに…」

 もう立っていることもできない。跪いて地面を拳で叩く。

「なのに、どうして先輩がいない? どうしてだ? 俺たちが生き残って先輩だけ死んだ。何でだ? 人の運命は神が決めるのか? なら神はどうして先輩を救わなかったんだ?」

 陽一の叫びに答える人は誰もいない。みんな黙って聞いている。

 やがて駆け付けた救急車に先輩の遺体が運ばれていった。その後、日が暮れるまで陽一たちはその場に立ち尽くしていた。


 家に帰ってくると雪子が笑顔で迎えてくれる。だが陽一の顔は暗いままであった。

 納得がいかない。

 自分たちが勝利したのは確かである。雨宮たちとの戦いは池で遭遇した時から始まった。自分たちを始末しにやって来た召喚士は全員返り討ちにしたし、根源である雨宮も倒した。ここまで自分たちが被った被害はほとんどない。たった一人、陶児を除いて。

 その一人が重すぎた。自分が一番憧れていた、人生の目標とも言える人を失ったのだ。

 犠牲のない勝利は無いのかもしれない。だがその犠牲がどうして先輩に?

 自分の部屋に帰った陽一には後悔した。

 先輩に任せないで自分が率先して戦えば良かったのではないか? そうすれば自分は死んでしまったかもしれない。だが先輩なら絶対に勝てたはずだ。勝って生き残れたはずだ。

「クソ野郎め…」

 自分で自分を責めた。考えてみればあの時、[ルナゲリオ]の接近に気付くべきだった。戦いをただ見ているのではなく、周囲を警戒する。もし自分が戦っていたら、先輩はそうしただろう。

 先輩の死は自分の責任だ。

 夕飯の時間になって一階の食卓に呼ばれた。自分以外の家族はみんな揃っている。そしてみんな笑顔で食事をしている。

「今日午後一時ごろ、岩手大学で焼身自殺がありました。自殺したとみられる雨宮好恵さん(二十一)はこの大学の農学部の学生で…」

 テレビのニュースが雨宮のことを報道している。自分から大切な人を奪った女。見たくもなく聞きたくもないニュースに映る、インタビューに答える人は見な、雨宮の生前のことについてこう述べる。善良で優秀な人だったと。

 ニュース番組が終わった。番組内では先輩のことは何一つ取り上げられなかった。

 実際には逆でないとおかしい。先輩が善良で優秀であり、死んだ雨宮は最低な奴だ。そう報道されるべきだ。

「…ごちそうさま」

 全く食欲がない。夕飯はほとんど残した。そして部屋に閉じこもった。

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