第五話 戦いの果てに…

 なかなかしつこい奴だ。[ヤマチオロ]の攻撃を綺麗にかわして近づいてくる。[ミルエル]はまだなのか?

「[ヤマチオロ]、屋内で戦うのには限界がある。外に出るぞ。目くらましを食らわせろ!」

「でも水がもう…」

「水ならある!」

 陽一は手首を少し噛み切った。血が出る。これを凍らせれば赤い氷ができる。少しは目隠しになるだろう。傷は後で[アテラスマ]にいくらでも治してもらえる。

「出来たぞ陽一!」

「行くぞ[ヤマチオロ]!」

 陽一は窓を開け、[ヤマチオロ]のしっぽを掴んで飛び降りた。

「あれだ、あの電柱だ、[ヤマチオロ]。巻き付け!」

 電柱に巻き付く。[ヤマチオロ]を鞭代わりにして電柱に自分をたぐり寄せる。電柱に到着するとスルスル滑って下に降りる。

 上でガシャンという音がした。どうやら[ルナゲリオ]が窓を割って外に出たようだ。

「ガラスの破片が! [ヤマチオロ]、もう一度俺の血で氷の壁を作れ!」

 これで防いだ。だがこれ以上血を出すのは危険な気がする。現に陽一の足はふらふらだ。

「逃げるぞ。とにかくイワンたちと合流しなければ俺たちに勝ち目はない!」

「先に繭子のところへ行こう。傷を治すんだ!」

「駄目だ。繭子が危険だ。[アテラスマ]に会うのは最後でいい!」

 手首を抑えながら走る。その速さは[ルナゲリオ]からすれば歩いているようにしか見えない。それでもいい。少しでも早く合流できれば!

 陽一は足を止めた。そしてそこに倒れ込んだ。血を使い過ぎた。急性の貧血になったのだ。

「陽一! [アテラスマ]が先だ! [ルナゲリオ]にやられる前にお前が死んじまうぞ!」

「繭子が危険だ…。俺の予想が正しければ雨宮は繭子のことを知らねえはずだ。繭子を巻き込むわけにはいかねえんだ…! あの女は、雨宮は俺が絶対に殺す…。この[クガツチ]で。持ってることは知ってても強襲なら防ぎようがないはずだ。雨宮が俺に近づけば…」

 地面を這う陽一。全然進まないがこれでも精一杯だ。

「そこまでみたいね」

 雨宮の声がした。振り返る。

「クソ…。雨宮…」

 横には[ペテントス]が飛んでいるが[ルナゲリオ]がいない。どこに行った?

「あれは、あんたの仲間よね? 金髪の奴は池に一緒にいたイワンとかいう奴でしょう? 横の女の子は[ルナゲリオ]の証言にあった子かな?」

 行けるか? いやもう少し近づかせないと駄目だ。[ヤマチオロ]は[ペテントス]に向かわせるとしても、もっと近づかないと避けられる。

「[ルナゲリオ]で殺すの、結構つまんないんだよね。一瞬だから。勝ち誇れないって言うか、何て言うか。芸がない? そんな感じしない?」

「し、知るかよ…」

 わざと聞き取れないような小声でしゃべった。

目の前に[ルナゲリオ]が現れた。

「さあ、絶望しなさい。何もできずに仲間が死ぬのを見て! 行け、[ルナゲリオ]! あの二人を殺せ!」

「行クゼ」

 イワンと久姫がこちらに気が付いた。イワンは既に[ヘールル]を召喚していた。毒が役に立たなくても防御に当てるつもりだろう。[エンリル]も召喚されている。対して隣の久姫は、なんと猫を抱いている。

「あ、あんなの拾ってる暇があれば早く来い…!」

[ルナゲリオ]は無防備な久姫の方を先に狙った。

「[レヴィアシス]を召喚していれば防げるのに、何やってんだアイツ…」

 信じられないことに久姫は、[ルナゲリオ]に向かって抱いていた猫を投げつけたのである。

「まさか、猫の命を無駄にして守るつもり? その猫の魂もあの世に連れて行きなさい!」

 待て…。何か引っかかる…。

 猫、命、魂、久姫、式神…。

「まさかあれは!」

 間違いない。陽一は確信する。

「俺ハ人ダロウガ猫ダロウガ、魂ダケアノ世ニ送レルンダゼ」

 自信満々に[ルナゲリオ]が猫に触る。

「それは猫ならじゃない?」

 久姫がそう言った。

「ナニ?」

 次の瞬間、[ルナゲリオ]はボールに変わった。

「何? 何が起こってるの?」

 好恵が驚いている。

「これを持ってて[ヘールル]。今[レヴィアシス]を召喚するから」

 久姫は雨宮の質問に答えず[レヴィアシス]を召喚した。

「これを壊して!」

「りょうかいです」

[レヴィアシス]の拳がボールに炸裂する。ボールは砕け散った。

「な、馬鹿な? [ルナゲリオ]がやられた? それよりあの猫は…」

「…そうさ。式神さ。人からすればただの猫にしか見えない式神、それが[アズメノメ]。俺があのクソトリオが消える前に仲間にした式神だ。そして触れた式神をボールにできる。さすがのお前もそんな情報は持ってなかったみてえだな」

「このガキ…!」

 雨宮がキレた。陽一に一気に近づいて蹴りを入れようとした。

 しかし蹴りは入らなかった。そこにライオンがいたからだ。

「待ってたぜ…。ここまで近づくのを。焼き尽くせ[クガツチ]! この女を、腐った魂ごと!」

「し、しまっ…」

[クガツチ]の一撃は好恵が逃げるよりも早かった。[クガツチ]の炎をもろに喰らった好恵はたちまち火だるまになった。

「ざまあみやがれ!」

「うぐぐぐぐ…。ぺ、[ペテントス]!」

 雨が降り始めた。あの時と同じだ。消火するつもりだ。[クガツチ]の狙いは正確だったが、雨宮が避けようとしたから即死には至らなかったのだ。

「させない!」

[レヴィアシス]が雨宮に近づいた。そしてバリアを、雨宮の上に張る。これで雨は雨宮には当たらない。

「キャキュウウウウウウオオオオ!」

[ペテントス]が突進してくる。[エンリル]が前に出て光る。一瞬、目が眩んだ[ペテントス]を[ヘールル]が捕まえる。そして毒を浴びせる。毒が回って動けなくなった[ペテントス]の触角や翅や脚を、[レヴィアシス]がむしり取る。崩壊を始める[ペテントス]。雨が上がった。

「何をおおおおお!」

 炎で苦しむ雨宮。

「大丈夫でスカ、陽一クン?」

「立てねえ。手を貸してくれ」

「怪我してまスネ。すぐに手当しましョウ。[ミルエル]、食堂にいる繭子サンを呼んできて下サイ」

[ミルエル]が飛んで行った。これでもう大丈夫だ。

 そう思った瞬間、足に何か巻き付いた。[ヤマチオロ]か? いや違う。

「これは、[イグルカン]?」

 しまった。存在を忘れていた。この植物のツタは[イグルカン]だ。だが何をするために自分に巻き付く?

[イグルカン]は燃える雨宮の体から生えている。ツタが燃え始める。

「まさか、これを?」

 雨宮はまだ諦めていない。俺を道連れにする気だ。

 ドンドン燃えてくる[イグルカン]。炎を消すわけにはいかない。今消すと、雨宮の炎も消えてしまう。だが、どうにかしなければ自分が燃える。

「コイツ…。札が燃えれば[イグルカン]も消えるのに! まだ燃え尽きないのか!」

[エンリル]が[イグルカン]に噛みつく。だが噛みきれない。[イグルカン]のツタは牙では通用しないぐらい丈夫なのだ。

「[ヤマチオロ]。あれをもう一度やるぞ!」

 氷を作るしかない。周りの水は炎の熱で蒸発してしまった。そして蒸気はもう拡散してしまった。だから手元にある水はこれしかない。血で氷のカッターを作る。そしてそれで切る。

「陽一! それ以上血を使ったら本当に死んじまうぞ!」

「やらなくたって焼け死ぬんだ。やるんだ[ヤマチオロ]!」

 押さえていた手首の傷を出す。まだ血が出る。そしてその血で氷を作らせる。

「うおおおおお!」

 間に合え! 間に合ってくれ! そして切れろ! 切れてくれ!

「おおおお!」

 切れた。間に合った。だが意識も遠のく。そっちの方は間に合いそうにないようだ…。

「陽一! 陽一!」

 繭子の声が聞こえる。これで聞くのは最後になるのか…。最後に繭子の声が聞けて良かった…。

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