第一話 決戦の前に

 夏休みに入った。陽一は今日まで無事に過ごせたことが信じられなかった。それくらい雨宮を警戒している。ここにいるみんなも。

「これが時間割らしいっすよ」

 あの日コンビニの風除室の男から貰った紙を広げる。

「これに従えば…。まだ大学は講義が続いてるんだな。そしてこの時間なら」

 陶児先輩が紙とにらめっこしている。

「今日まで何もしてこないんでスシ、もう放っておくというノハ?」

 イワンが言う。

「駄目よ。ああいうタイプはきっとどんな手を使っても関係者は消すタイプよ? 私たち危ないじゃん!」

 久姫の言う通りだ。雨宮を放っておいていいはずがない。

「でも何も仕掛けてこないってことは、雨宮も仲間がいないってことかな?」

 繭子が言う。

「そうだ。だから叩くなら今がチャンスだ」

「でも、実際にはどうするんすか?」

 雨宮をどうするかはまだ決めていない。式神のことは世間一般からすれば信じられない存在だろう。だから法律で裁くというわけにもいかない。でもあんな奴、仲間にもできない。

「俺が殺そう」

 先輩のその発言にみんなが驚く。

「流石にそれは不味いのデハ?」

「だが雨宮は今まで沢山人を殺しているぞ。陽一のクラスメイト、蘇我菊子と物部静香。それ以外にも、な。あの死神みたいな式神で。こんな奴に生きる資格は無い」

「でも殺す…のは…」

 誰もがためらうことだ。

「大丈夫だ。式神で殺すのなら俺だって罪に問われないさ。それに雨宮自身、因果応報ってやつだ。それにみんなの手は汚させない。俺がやる」

 それ以外に雨宮に対してできることは無い。誰も反対しない。

「わかりました…」

 再び時間割に目をやる。

「この、二限の社会学の時間が終わったらにしよう。これが終われば雨宮は昼を食べるためにキャンパスから出てくるはずだ」

「そう上手くいくっすか?」

「三限から五限まで実験がある。絶対に昼を食べ行くはずだ。もし出てこなければこちらからキャンパスに乗り込めばいい」

 作戦が固まっていく。

「俺と陽一はこっちの入り口を見張る。イワンと久姫はこっち側。見かけたら必ず俺に知らせろ。死神の式神がいたら絶対に逃げろ。久姫は見たことあるから、久姫が式神を見張って、雨宮を見たことがあるイワンが入り口を見張る。繭子は顔がバレてない可能性が非常に高い。食堂で待機していてくれ。万が一負傷したら食堂に行って[アテラスマ]で傷を治すんだ。わかったか?」

「了解です!」

 緊張してきた。この町の悪と戦う日は近い。その日自分は死ぬかもしれない。無事に帰ることができないかもしれない。だが、顔を知られている以上降りることはできない。

 作戦会議終了。陽一以外は家に帰る。

「あ、お兄ちゃん。友達はもう帰ったの?」

 雪子が話しかけてきた。

「雪子。リビングで話そう」

 二人でリビングに移動する。雪子は出窓に置かれた水槽で飼育しているザリガニに餌を与える。

「そのロブっち、大事に育てるんだぞ」

 陽一はそれ以上は何も言わなかった。


 帰り道で久姫は繭子に話しかけた。

「大丈夫、かなぁ」

「やってみないとわかんないよ。少なくとも私は雨宮の顔知らないけど、許せないのはみんなと同じ。最大限頑張ろ?」

「そうね。ここで腐ってても何も変わらないわね。家はこっち?」

「そう。送ってくれてありがとう」


 イワンの家ではいつもの勉強地獄が待っている。

「さあ今日は数学やるよ」

 姉はいつも通りである。机に向かう。だが指が動かない。

「どうしたのイワン?」

 姉がイワンの顔色を伺う。

「…何でもないデス、姉様」

 自分が今、命の危険になっていることを話せるわけがない。

 しばらくしても指が動かないので姉は勉強を切り上げた。

「今日は…やんなくてもいいね。どうせ夏休みはたっぷりあるんだし」

 姉は今日は教えてくれないようだ。イワンは何も言えなかった。いつも教えてくれているのに、ありがとうの一言も言えない自分が不甲斐ない。

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