第九話 その男は去っていく

「やれ[ヤマチオロ]」

[ヤマチオロ]に命令した。[ヤマチオロ]が氷を大量に作り出す。それを商品に向かって発射させる。

「ちょっと待って陽一。そんなことしたらこのお店が大変なことになっちゃうよ!」

「わかってる。でも心配するな。こっちには作戦がちゃんとあるんだ!」

[ヤマチオロ]が攻撃を始める。氷が商品に向かって一斉に動き出した。

「陽一!」

 商品が一つだけ動いた。カメレオンの式神が化けている奴だ。

「あ…」

[ヤマチオロ]の攻撃は商品に当たる寸前で止めた。

「こうすれば姿を現すと思ったぜ。そうしないとやられちまうからな」

 カメレオンの式神は慌てて逃げ出す。

「逃がすな[クガツチ]!」

[クガツチ]がカメレオンの式神に飛びつく。鋭い牙で噛み砕く。

「よし!」

 カメレオンの式神は片付いた。あとは外のサメだけだ。

 急いで入り口に向かう。風除室で繭子に止められる。

「あれをどうするの? 噛みつかれたら死んじゃうよ?」

「大丈夫。雨が降ってるからな。それを利用するんだ。やれ、[ヤマチオロ]!」

 雨が氷に変っていく。反応したサメの式神がこちらに向かってくる。大きな口を開いて威嚇のつもりだろうか? 

 サメの式神はヒレを動かして雨の中を泳いでいる。だがこちらにはたどり着けない。降り注ぐ雨が氷となって障害になっているからだ。

「もう十分冷えただろ。食らわせろ!」

 動けない式神を攻撃することはとても簡単だった。[ヤマチオロ]の撃ち込んだ氷の塊をサメの式神は大きな口で呑み込んだ。

 次の瞬間、サメの体の中から氷の柱が数本出てきた。呑み込ませた氷の塊の形を変えさせたのだ。

 悲鳴を上げるサメ。ここで一気にとどめを刺す。

「[クガツチ]!」

 雨は降ってはいるが、周りの雨は[ヤマチオロ]の力で氷になっている。これなら最初に雨宮と遭遇した時みたいにはならない。

[クガツチ]の放った炎は瞬く間にサメを包み込んだ。これだけ燃えてしまえばもうこの式神は終わりだ。だが油断はしない。[クガツチ]に命令して火力を上げさせた。

 やがてサメの式神は焼け落ちた。

「いいぞ。これでもう大丈夫だろう。繭子、ここから逃げよう」

 繭子の腕を引っ張る。すると繭子は見知らぬ男に腕を掴まれた。

「だ、誰ですか?」

 男はどこか残念そうな顔をしているが、絶望しているようにも見えない。誰だコイツは?


「なかなかいい腕をしているな。お前も式神も」

「まさかあんたが?」

「ああそうだ。さっきお前が破壊した式神は両方とも俺のだ」

 破壊して悪かった、と謝る気はない。こっちは命を狙われているのだから。

「お前…今度は何をする気だ?」

「俺にできることはもうない…一つを除いて」

「その一つは何だ!」

「あの女から逃げることだ」

 逃げる…だと? コイツは雨宮の仲間じゃないのか?

「あの女は最低な奴だ。人を道具としか思っていない。だから関わりたくなかったが、召喚士故に言うことを聞くしかなかった。だが今お前たちは俺の式神を破壊した。俺はもう式神を従えていない。召喚士じゃない。もう自由だ」

 男は陽一たちよりも先に店から出ようとする。

「おい待て! 雨宮について知ってるなら教えてくれ!」

「そうだな…。これを持って行け」

 紙を一枚渡された。見たところ式神の札ではなさそうだ。その場で広げてみると時間割のようなものが書かれている。

「俺は、あの女と同じ学科で同じ学年だ。講義も同じのを履修している。これで好きなタイミングで襲撃できるだろう?」

「…俺たちに雨宮を叩けって言うのか…?」

「そうだ。もう俺は関わるのはごめんだからな。あの女が消えるまで、一足先に遠くに逃げさせてもらおう」

 男はそう言うと、すぐにどこかに行ってしまった。

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