第五話 久姫の勝利

[ビペルンア]は動きは鈍い。それに地を這うしか移動法が無いらしい。だが[レヴィアシス]のバリアを通過できる。

「やって!」

[レヴィアシス]が拳を振り下ろす。

「だめです。わたくしはさわれません」

 このままだと一方的にやられちゃう!

 カバンからカッターを取り出した。これで切りつけるのはどうか? 私しか触れないなら、これで触る。

 カッターの刃を伸ばす。キキキと音がする。そして[ビペルンア]に向ける。

「…あ」

 これで攻撃するということは、こちらから近づくということ。それを[ビペルンア]が見逃すはずがない。動きは鈍くてもさっきみたいに飛びかかることはできる。そして噛まれれば毒が…。

 カッターを引っ込めた。もう自分じゃどうしようもない。それを悟った。後ろに下がる。すると電柱にぶつかる。これ以上下がることもできない。陶児さんの方を見た。助けてもらおうと思ったがあっちも苦戦している。

 もう駄目だ。[ビペルンア]が目の前に迫る。殺される。完全にそう思った。その時だ。

「俺たちは絶対に諦めない!」

 陶児さんがそう叫んだ。

「諦めない…」

 そう呟いた。

 そうだ! こんなところで諦めては駄目だ!

「そばに来て、[レヴィアシス]」

[レヴィアシス]を自分のところに呼び戻す。

「私の腕を掴んで」

「どうしてですかきくさま?」

「いいから! この式神を倒す方法を思いついたわ!」

 それを聞いた静香が呆れた顔をして、

「はあ? 何を言ってるの? あんたとその式神に私の可愛い[ビペルンア]は倒せないに決まってるじゃん」

 そう答える。自信満々だ。もし自分が[ビペルンア]を持っていて、静香と同じ状況なら私だって勝利を確信する。

「私しか触れないのなら、私が触ればいい!」

「な、ちょ、ちょっと。あんた何してるの?」

 静香でさえも久姫の行動には引いた。当たり前だ。自分の左腕で[ビペルンア]を触ろうとしている。いや、これではわざわざ差し出しているようなもの。

「まあいい。行きな、[ビペルンア]! 噛みついて毒を注入しな!」

[ビペルンア]が飛びかかった。当然久姫の左腕に飛び乗った。

「やっぱり私が目的ね」

「当たり前じゃない。あんたの式神はあんたを仕留めてからじっくり料理してやる!」

 その台詞は聞いてない。私が目的だということを確認したかっただけだ。

[ビペルンア]が牙をむき出し噛みついた!

「うぅ!」

 痛い。クワガタに顎で挟まれるの比じゃない。

 でも[ビペルンア]は私を噛んだ。

「これで私の勝ち。もうあんたは終わりよ」

 静香が言う。だが久姫も言い返す。

「終わりなのはこの式神の方!」

[ビペルンア]の体の後ろの方を右手で掴んだ。

「引っ張っても無駄! [ビペルンア]は私がよしと言うまで噛みついてるんだから。引きはがそうったってそうはいかない」

「私は引きはがすことは考えてない! [レヴィアシス]! 私の右腕を思いっきり引っ張って!」

「わかりました」

[レヴィアシス]の力は強い。右腕が千切れそうだ。でも勝つために我慢する。

 この間も[ビペルンア]は左腕に噛みついて離れない。だが、それがいい。

「いいい…痛いぃ!」

 ここまで来ると激痛だ。噛みついている[ビペルンア]を引っ張っているのだから。しかも[ビペルンア]は放そうとしない。噛まれている部分が千切れそう。

「さっきから何を…あ!」

「ようやくわかったのね。私が何をしているのか」

「[ビペルンア]! その子の腕から離れなさい!」

 静香は叫んだが、もう遅かった。[ビペルンア]は最後まで久姫の左腕に噛みついた。それが仇となった。

 私は右手で[ビペルンア]を引っ張っている。しかもその右腕は[レヴィアシス]が掴んでいる。[レヴィアシス]が思いっきり引っ張っている。

 ブチっという音がした。千切れた。

 千切れたのは[ビペルンア]。上半身は左腕に噛みつき、下半身は右手が握っている。そして頭の力も抜けたのか、牙を腕から放すと地面に落ちた。

「この式神はもう終わりね。崩れ始めてる」

 左腕の感覚が鈍くなる。神経毒が回って来たんだ。でも私は、勝った!

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