第八話 味わう敗北感

[アテラスマ]と一緒にいると目が見える。でも今まで文字というものを見たことがなかったので今は親に隠れてこっそり文字も勉強をしている。式神の存在は他の人には信じられないだろうから言っていない。日常生活で目が見えるのはありがたいが、自分は視覚支援学校に通っている身だ。いきなり目が見えるようになりましたとは言えない。

「この漢字は難しい…。覚える必要あるかな?」

「人間の社会はできる限り漢字で表記されます。覚えないといけません」

「そっか。じゃあ頑張んないと」

 必死にノートに書いて練習する。が、自分でも見本と同じ漢字を書いていると思えないくらい悪筆だ。

 ガタンッと窓の方から音がした。

「な、何?」

 窓を開ける。そこには何か生物がいる。

「[アテラスマ]、これは何?」

「鳥です。どうやら窓にぶつかったみたいです」

 これが鳥かぁ。ん? ちょっと待ってこれ見たことある。

「あなたが繭子ね?」

「ああそうだ。確か陽一の式神の[ミルエル]ね。どうしたの?」

「急いで高松の池に来て! 大変なの! イワンと陽一が喧嘩してるの!」

「え、わ、わかった。ちょっと待って準備するから」

 急いで支度をして家を出た。雨が降っている。

 横には[アテラスマ]がいる。実際に目で見ながら高松の池に行くのは初めてだ。でも今はそんなのん気なことを言っている暇じゃない。[ミルエル]の慌てよう枯らしてかなり深刻な問題だ!

 走りながら[ミルエル]に聞く。

「でもどうして私を呼ぶの? 他の人が行った方がよくない?」

「イワンと陽一はお互いに殴り合ってた…。あれは普段の二人がする行為じゃない。きっと何かに操られてるんだわ。それで同士討ちにしようとしてるの。陽一がギリギリのタイミングで私を召喚したっていうことは二人は良くて重症。悪いと死ぬかも…。怪我を治せるあなたと[アテラスマ]が必要なの!」

「それは大変! 急がなくちゃ!」

 池に到着した。

「どこ? 陽一!」

「こっちよ繭子。早く!」

[ミルエル]が繭子を導く。奥の方に進んでいく。

 すると男が二人、倒れている。

「まさか、間に合わなかった?」

 陽一の胸に手を当てる。まだかすかに心臓が動いている。イワンの方も確認するとまだ大丈夫だった。二人とも生きている!

「二人を治せる[アテラスマ]? いや治して!」

「二人とも重傷ですし、この雨のせいで体温が低下しています。でも大丈夫です。治せます。まずは場所を移しましょう。雨に当たらない、あの木の下です」

 繭子は陽一を、[アテラスマ]はイワンをそれぞれ移動させた。

 二人とも血だらけで服はびっしょり濡れている。あと少し遅れていたらと思うとぞっとする。

 早く治って二人とも…。そんな思いが強くなっていく。

「急いで[アテラスマ]!」

「二人同時だとどうしても遅くなります。それに二人はさっき言ったように状態が悪いです。でも必ず治してみせます」

 すると陽一が目を開けた。

「うおお!」

 陽一は拳を振った。さっきの殴り合いの続きのようだ。

「大丈夫陽一?」

 陽一は周りを確認する。そして自分の指が自由に動くことを確かめると、

「やった…間に合ったんだな[ミルエル]!」

「ええ。本当にギリギリよ」

 少ししたらイワンの方も目が覚めた。

「ごめんなさい陽一クン。さっきは心にも思ってないことを言いまシタ…」

「仕方ない。あんな式神がいるなんて情報はなかったんだ。雨宮の方が一段上だったんだ」

「しかし恐ろしい式神デス。憑りつかれると何も考えることがでキズ…。意味不明な言葉を勝手に思いついて言ってしまうのデス」

「もう片方もヤバかったぞ。体の自由が全く効かない。しゃべることすらできない…」

 繭子が疑問を問いかける。

「何があったの? その雨宮って人は誰?」

 陽一は一考した。雨宮のことを話すべきだろうか? 繭子を巻き込みたくない。だが自分が生きていることはすぐにでも伝わるだろう。そしたら雨宮の方から繭子に接触してくるかもしれない…。

「繭子、心して聞けよ。でもその前に陶児先輩も呼ぼう」

 スマートフォンを取り出して先輩を池に呼んだ。数十分後に先輩は到着した。


「…ということは陽一、雨宮はそれほど危険な人物であり、例の三人組を殺した張本人なんだな?」

「そうっすよ先輩。自分でそう言ってましたから」

「この町にそんな奴がいたトハ…。全く考えもしませんでシタ」

「いやイワン、それは違う」

 陶児先輩が言う。

「その雨宮の言う通りなら、奴がこの町に来たのは雪子の運動会が中止になり始めた三年前だ。芝水園の存在を知らなかったなら納得がいく。来て三年の土地ではどこに何があるか完全に把握できないだろう」

「凄いっすね先輩はやっぱり。他はどうっすか?」

「やっぱり情報が足りないんじゃ…」

 心配そうな繭子の問いかけに対し先輩は答える。

「いいや。岩手大学に通っている苗字が雨宮という女…。そこまでわかれば十分だ。だが…」

 その先は言わなくてもわかる。雨宮の持つ式神だ。天気を変える[ペテントス]、毒を解毒し縛り付けることができる[イグルカン]、心を操る[アポロニア]、体を操る[リオネッタ]…。危険な式神だらけだ。他にも式神を持っているに違いない。

 それにいくら召喚士と言っても雨宮一人であの三人組を殺し、死体を完全に隠せたかどうかも怪しい。そして仲間にならないかと言っていた。つまり他に仲間がいるということだ。

「雨宮は今日、陽一とイワンのお前ら二人を始末できたと思っている。もしその通りなら事件として報道されるはず。しかしお前らは生きている。だからそんなニュースは報道されない」

「となると、俺らが生きてることはすぐにわかるってことっすね。しかも俺たちは雨宮の素性を知っている。となると…」

 おのずと結論が見えてくる。

「お前たち二人を始末するために再攻撃してくるということだ」

「繭子。来る時に誰ともすれ違わなかった?」

「誰にも。それに相手は召喚士なら[アテラスマ]が見えるはず。その雨宮っていう人とはすれ違ってはないよ」

「いや、一般人のフリをしてあえて見過ごシ、三人まとめて始末するとカハ?」

 一つわかると今度はもう一つがわからなくなる。

「とにかく今言えることは一つ。俺たちは雨宮と恐らくいるだろう仲間を警戒しなければいけないことだ」

「こちらから先に探し出して先制攻撃するというノハ?」

「危険だ。が、実現すれば有効だな…。俺が調べよう。俺なら顔が割れてる可能性がこの四人の中で一番低い」

「わかりました。先輩、気を付けてくださいっすよ!」

「大丈夫だ」

「ところでイワン、[ヨルガンド]は大丈夫か? [ヤマチオロ]の攻撃で三匹破壊されちまったが…」

「保険をかけて一匹は家に置いてあるので大丈夫デス。一匹でも生き残れば、日をまたげば他の三匹はまた召喚できるようになりマス。それよりみなさん、気を付けましョウ」

「そうね」

 三人は池で解散した。

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