第七話 一方的な戦闘
一度戦況を立て直す。陽一は[クガツチ]を札に戻して代わりに[ヤマチオロ]を召喚した。イワンも[ヘールル]を戻して[エンリル]を出す。
「結構式神を持ってるのね。もったいない…そうだ!」
女は突然言い出した。
「ねえあなたたち、私の仲間にならない? もし私の言うことを従うなら命の保証はするわよ? どう?」
ここに来て仲間になれと言ってきた。
「…殺人者の仲間になれってか? 俺たちがそんなこと聞くとでも思ったか? 今式神を召喚している。これが答えだ!」
徹底的に戦う。それが陽一の返事だ。
「ワタシは…」
もしかして悩んでいるのかイワン?
「イワン! おい、イワン! この女の言うことを聞いちゃ駄目だ。今は助かってもいつか殺されるぞ!」
イワンと目が合った。
「ワタシはアナタに協力しマス」
イワンが女の方へ行く。
「君は賢いね。その狼の式神は何ができるの?」
「光を放てマス。ところで一旦雨を止ませて下サイ。濡れて寒いデス」
「それもそうね。じゃあ[ペテントス]、晴れにして」
そう言っただけで土砂降りだった雨が上がった。
「それと厚かましいんでスガ、アナタの名前は何て言うんでスカ?」
不味い…。イワンは本気であの女の仲間になることを考えている。二対一は圧倒的に不利だ。陶児先輩を呼んでも遅すぎる…。
「イワン! 行くなああ!」
しかし陽一の叫びは聞き入れられなかった。
「私はね、雨宮―」
女はそこで言うのをやめた。そして五歩ほど動いてイワンから距離を取った。
「危ない危ない。引っ掛かるところだったわ」
女がそう言うとイワンも下がる。
「バレましタカ。ワタシはどうも演技が下手でスネ。でも苗字はゲットしまシタ。それだけでも十分な収穫デス」
よくやったぞイワン。目が合った時感じたのだが、あの目は嘘を吐いている目だった。イワンがこんな女に付いていくはずがない。自分が良くわかっている。
「雨宮! 観念しろよ。俺たち二人が相手じゃ不利なのは明白だろ。持ってる式神の札を全部破く。今回はそれで勘弁してやるよ。流石に俺たちはたとえ相手が危険人物でも殺したりはしないからな」
雨宮は笑い出した。
「私が、負け? フフフ、何もわかってないのね」
雨宮は自信満々である。何故だ?
「イワン。俺が[ヤマチオロ]で攻撃する。お前は[エンリル]の光で目をくらませ」
「了解デス」
少し待ってイワンに合図を送る。
「今だ!」
そう叫んで目を瞑る。そして[エンリル]が光る。目を閉じていても光の強さが瞼越しにわかる。
「やれ[ヤマチオロ]! 喰らえ雨宮!」
「おうわかったぜ。ウオオオ!」
周囲はさっきまで[ペテントス]が降らせた雨のせいで濡れており水たまりができている。[ヤマチオロ]はその水から一瞬で氷の塊を三つ作りだして雨宮に向かって飛ばした。これが当たれば大怪我確定だ。
しかし氷は雨宮には当たらなかった。何と[ヨルガンド]が雨宮を守ったのだ。
「イワン? まさか本当に…寝返ったのか?」
「…」
何も答えない。[ヨルガンド]は三匹とも粉々に砕け散った。
「イワン! 何か答えろよ!」
イワンの肩を掴んでゆすぶる。
するとイワンは何と陽一を殴った。
「ぐわわあ! な、何するんだ!」
「雨宮様に歯向かう者は許しまセン!」
なんだと…!
イワンはこっちに向かってくる。拳を握りしめている。また殴る気だ。
「どうしたんだイワン?」
おかしい。何かがおかしい。イワンがこんなことするはずがない。
よく見るとイワンの頭に手のひらサイズのテントウムシがついている。あれは何だ?
「ああやっと気が付いた? やっぱり高校生程度の考え。甘いのよねえ。私に勝とうとすることが。これはね、[アポロニア]。憑りついた人の心を自由に操れる式神…。今、こっちの彼に憑りついて心を操っている。君のことを心から憎んでいるわよ。そういう風に操作したから。そして殴って君のことをボコボコにしたいって」
これも式神…。まだ持っているとは。もっと警戒するべきだった。だが、どのタイミングで召喚していつ憑りつかせた? イワンの一番近くにいた自分がわからなかった…。
「いつ、いつだ? いつ出したんだ…」
目を離したことは無い。…いや違う!
さっきだ。[エンリル]が光を放った時自分は目を瞑った。雨宮はその時に[アポロニア]を召喚してイワンに憑りつかせたんだ。その一瞬の隙を見逃さないとは何て奴なんだ…。
「さすがに心を操っても、式神を召喚させることはできないのよね。でも今は[エンリル]が既に召喚されてる。これで十分」
「く…」
[ヤマチオロ]を[エンリル]に向かわせた。[ヤマチオロ]の体が[エンリル]に巻き付くと[エンリル]は行動不能となった。だが[ヤマチオロ]もこれでやっとというところだ。
またイワンが殴りかかって来た。その拳を寸前で手で受ける。もう片方も受け止める。
「それで両手は塞がった。これ見てよ。[リオネッタ]っていう式神」
雨宮の方を向くともう式神が召喚されている。木製の人形みたいなものだ。
「[リオネッタ]はね、憑りついた人の体を自由自在に操れる。[アポロニア]が心なら[リオネッタ]は体。これは君に憑りつかせるわよ」
「ま、不味い…!」
右手を離す。イワンの拳が陽一の頬に当たる。そして陽一は転んだ。立ち上がろうとすればイワンが蹴りを入れてくる。そして[リオネッタ]が迫ってくる。
「ここ…は…」
ポケットに手を伸ばす。少しでいい。札に触れることができればその一瞬でいいんだ。[リオネッタ]は体を操るのなら心は操れぬはず。なら念じれば召喚できる。
「…!」
札に手が届いた! だが[リオネッタ]が自分の左手に憑りついた。
「……」
しゃべれない。体の行動が支配されてしまっている。一言もしゃべることができない。そして体が勝手に起き上がり、拳を構える。やはりイワンと同士討ちにさせるつもりだ。
「陽一? イワン? どうしたのぉ?」
でも[ミルエル]は召喚できた。頼む。この状況を察してくれ[ミルエル]…!
「何今度は? その鳥は? まだ式神を持ってたの?」
雨宮は[ミルエル]を見た。召喚している[ペテントス]で戦うつもりだろうか? だが蛾の[ペテントス]より鳥の[ミルエル]の方が早いはずだ。
「……」
頼む。行ってくれ。そして呼んできてくれ…。
[ミルエル]はどこかに飛んで行った。
「何今の。ただ出てきて飛んで行った…。意味ない式神持ってるのね」
雨宮がそんなことを言っている最中、陽一とイワンは殴り合いをしている。顔が腫れても鼻血が出ても二人とも止めない。いや止められない。[アポロニア]と[リオネッタ]が二人に憑りついている限りこの殴り合いは終わらない。
雨宮はしばらく待ったがそれでも何も起こらないことがわかると、
「じゃあもう私は帰る。[アポロニア]、[リオネッタ]。死ぬ寸前まで戦わせて。そしたら帰ってきなさい」
雨宮は高松の池から去った。その後雨が再び降り始めた。
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