第四話 式神だった!
「ちょっと待って」
階段を下りる。そして大きさが頭くらいある岩に近づく。
「どうしたんですかいきなり。もう目が見える時間は五分もないんですよ」
「ここから何だろう…。何かがあるって感じがする。何か感じる」
岩を持ち上げようとした。でも自分の力では持ち上げられない。
「私が代わります」
「あなたにできるの?」
「よいっしょ!」
以外にも声の主は力持ちであり、岩を持ち上げた。
岩の下に紙が落ちていた。それを繭子は拾った。
「これ…探し物じゃない? 何か他の紙とは違う感じがする」
岩を元の位置に戻すと声の主は大声を出した。
「こ、これです! 私が探していたのは! 岩の下にあったんなら見つからないわけです! よく気が付きましたね」
その紙はボロボロであり、何か文字が書かれていた。
「これには何て書いてあるの?」
「[アテラスマ]。私の名前です」
「うーん聞いたことないような響き。日本人なの? それとも海外の人?」
「私は人ではありません」
予想外の答えに繭子は驚いた。
「え! で、でもこうして見えてるよ? 周りにいる通行人とほとんど同じ背丈でほとんど変わらないじゃない。人じゃないわけないよ!」
でも、人ではないような気もする。足音は聞こえないし自分と同じくらい腕が細いのに岩を持ち上げた。それに私にしか見えないというのも気になる。
「じゃあ、幽霊なの? それとも宇宙人?」
声の主、[アテラスマ]は困った表情をして、
「何て説明すればいいのでしょう…」
腕を組んで悩んでいる。
「おーい、繭子! こんなところで何やってんだ?」
この声は、陽一。振り向くと制服を着た少年が一人、竿のようなものとバケツを持ってこちらに歩いてくる。
「あなたが、陽一?」
幼い頃から一緒にいる陽一だが、彼の顔は初めて見た。
「はあ? 繭子、何言ってんだよ? それにこの隣の人は誰? 何かどこかの寺の巫女さんみたいだけど。繭子の知り合い?」
陽一には[アテラスマ]が見えてる?
「この人は[アテラスマ]って言って、人じゃないんだって…」
自分でも変なことを言った。そう思う。陽一に引かれてもおかしくない。でも陽一は自分のことを馬鹿にはしなかった。彼は真面目な表情で、
「ひょっとして式神…?」
とつぶやいた。[アテラスマ]がそれに反応する。
「そう、それです! 私は式神なんです!」
「もしそうなら、紙、持ってないか? それに名前が書かれてるはずだ。それと主は誰だい? 繭子に何の用なんだ?」
「私は主に捨てられてしまったんです。紙もさっきまで無くしてしまっていて、今やっと見つけ出したんです」
「するとあの猫みたいに悪い奴ではないようだな…」
二人の会話についていけない。
「ねえ、陽一。何を話しているの? それに陽一には[アテラスマ]が見えるの?」
「ああ。見えるよ。繭子にはわからないだろうけど、ここには式神がいる。でも繭子、どうやって紙を探し出したんだい? 君は目が見えないはずだろう?」
「私が見えるようにしてあげました。私には傷や障害を治す力があります。この子は繭子さんというのですね? 繭子さんが探してくれました」
「本当にそんなことが…」
陽一は少し考えた。繭子には式神が見えている。式神が見えるのなら召喚士だが…。繭子に才能があったのか? 札の文字は才能がなければ読めない。だが繭子は全盲だ。だから今まで気付かなかったのか!
「そうか。そういうことか。わかったぞ繭子。場所を変えよう。俺の家に行こう。そこの方が説明しやすい」
陽一と繭子、そして[アテラスマ]は陽一の家に向かった。
「ここが陽一の家…。初めてじゃないけど、こんな感じだったんだ」
「ああそうだよ。二世帯住宅だ」
玄関の扉を開ける。
「ただいま」
「お帰りなさい。あら、どうしたの? 繭子ちゃんを連れて」
「帰り道で会ってね。少し遊ぼうと」
「迷惑はかけちゃ駄目よ? わかってる?」
「わかってるさ」
母と会話を交わす。釣竿とバケツは玄関に置いて階段を登って陽一の部屋に行く。
「あ、お兄ちゃん…。帰って来たの。それに繭子さんいらっしゃい」
階段で雪子とすれ違った。
「ねえ、雪子ちゃん…何かテンション低いけどどうしたの?」
「…雨はあれだけ降らないと思っていたのに。降水確率はたったの十パーセント。雪子にとって最後の運動会はその十パーセントに負けたんだ。一度中止になるともう開催はされない。あれだけ頑張ってたのに…」
三年連続で大雨、それも土砂降りで中止。こんな偶然あるだろうか?
「そうなんだ…。それは悲しいね…」
そして部屋に着いた。
「繭子、その紙を俺に見せてくれ」
「はい」
繭子は紙を渡した。
「やはりこれはそうだ。札だ。誰が作ったのかは知らないが式神の札だ。そして繭子、この文字が見えるのか?」
「うん。何て書いてあるかわからないけど見えるよ。[アテラスマ]が私の目を見えるようにしてくれたから。でも、その式神って一体何なの?」
「口で説明するより見た方が早いな」
陽一はポケットから札を取り出した。そしてそれから、何かが出てきた。
「よ、陽一! これは…」
「これが式神だよ。この札に宿っているものさ。これは[クガツチ]と言ってね。俺が祖父さんから受け継いだんだ。式神の札に書かれた文字は召喚士にしか見えない。そして今、繭子はこの文字が見えるのだろう?」
「う、うん」
「なら! 繭子、君は召喚士の才能があるってことだ!」
陽一はさらに札をポケットから取り出し、繭子に渡した。
「これを、どうするの?」
「念じてみるんだ。これに宿るものを出したい、召喚したいと。そうすれば式神が召喚できるんだ!」
繭子に渡したのはルミエルの札。ルミエルなら繭子でも召喚できるはずだ。
「わわ、何か出た!」
思った通り。繭子は[ミルエル]を召喚してみせた。
「誰この子ぉ? そしてこっちのは何て言う式神?」
「慌てるな。繭子、これは[ミルエル]という式神で、イワンから貰ったんだ。そして[ルミエル]、こっちのはまた一人歩きしている式神で[アテラスマ]というそうだ」
[ルミエル]という式神は[アテラスマ]とは容姿がまるで違う。繭子が鳥がこういう姿であることをわかっているなら説明しやすいのだが…。さっきまで目が見えなかったんだ、鳥を初めて見るのだろうからルミエルの見た目には言及しなかった。
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