第三話 探し物

 学校からちょっと走ると目的地に着いたようだ。

「ここら辺で落としてしまったんです。それを探してください」

「何を落としたの?」

「紙です」

「紙…?」

「そうです。私の名前が書かれた大事な紙…。私は数年前に主に捨てられてしまいました。その時その紙を突き付けられたんです。そしてこの辺を歩いていたら、風で飛ばされてしまったんです」

 数年も前に落とした紙を目の見えない自分に探せと?

「私に探し物なんて無理です。第一ここがどこだかもわかんないのに!」

「ここは雫石川と中津川が北上川に合流しているところです。この辺にあるはずなんです。頼れるのはあなただけ。お礼もいっぱいします!」

「でも数年も過ぎたら紙なんて朽ち果ててしまうでしょう?」

「そこは大丈夫です。私が無事なので紙も無事です」

 また訳の分からないことを言いだした。そんなこと何で保障できるの? 意味がわからない。

「それって本当に私にしかできないこと?」

 繭子は杖で地面を二、三回突いた。

「私はこれが無いと生きていけない。今ここでこれを放してしまったら、一生見つけられない。そんな私に本当にできるの? 他の人の方が数倍は頼りになるよ?」

 そう言っても声の主は全く引かない。

「他の人には頼めないんです。だって他の人には見えないんです」

「またそれ? もういい加減にして。私の方がよっぽど見えないの!」

 もう頭にくる。この赤の他人に本当に怒りだしそうだ。

「なら見えるようにします」

「適当なこと言わないで! 私が目が見えないのは生まれつきなの。治療とか手術でどうにかなる問題じゃないの!」

 すると声の主はまた変なことを言う。

「今は紙が無いので私の力も減って来ています。でも」

 そう言って繭子の顔に手をかざした。

「でも、少しの間なら、私の力は使えます。あなたならこれで探し出せるはずです」

 もう我慢の限界だ。

「私はもう帰る! 意味わかんないことばかり言って、そうやって人のことを騙すことがあなたの目的なのね。警察に通報する」

 カバンをあさり携帯を探す。こうしている間に声の主は逃げるなり繭子の行動を止めるなりできただろう。でもしなかった。ただ一言言うだけだった。

「その目を開いてみて下さい」

「だからあなたの言うことはもう…」

 え? ここは…。

「ね、ねえあなた。さっきここはどこって言ったっけ?」

「雫石川と中津川が北上川に合流しているところです」

「ここが、そうなの?」

 確かに川の流れる音が聞こえる。そして川が見える。

 見える。

「あなたは私にさっき、何をしたの? これは一体どういうことなの?」

「私には人の傷や障害を治す力があります。でももう何年も札に帰ってないのでその力は薄れていくばかりです…」

 傷や障害を治す…。

「それで私の目はどうなったの?」

「見えるようにしてあげました。でも今のままでは一時間ももちません。急いで紙を探して…」

 その人の言葉は繭子の耳に入っていなかった。初めて見る光景に心を奪われていた。

 目の前にあるのは緑色をした物体。

「凄い! これが植物なのね!」

 繭子が植物を触っていると、足元で何かが跳ねた。

「今動いたのは何? 緑色だったけどあれは?」

「あれはカエルです」

 カエル。言葉としては聞いたことがある。今初めて見た。

 今度は河川敷の階段を登った。杖なしで登ることができた。そして道路に出る。

「あれが車ね。それであれが電信柱。ねえ、あの光っているものは何?」

「あれは信号機です。あの、早く紙を…」

 また耳に入らない。繭子ははしゃいでいた。

「ねえあれは? あっちのは? 何て言うの?」

 今まで目が見えなかったので気にもとめていなかった世界だ。今自分はその中にいる。

「すみません。時間は限られてるんです。早くしないとまた見えなくなってしまいますよ!」

 声の主にそう言われ、肩を揺さぶられてやっと言うことを聞いた。

「そうだね。これもあなたのおかげ…。あなたの頼みごとって何だっけ?」

「私の名前が書かれた紙を探して欲しいってあれだけ言ったじゃないですか…」

 そう言えばそうだった。

「じゃあ、紙を探せばいいのね?」

「そうです」

 声の主は指で示しながら、

「これくらいの大きさです。このあたりに落ちているはずです」

「わかった。じゃ、探そっか」

 二人で探し始めた。

「おーい、あったよ!」

 数分もしないうちに見つけられた。

「これは…」

 声の主の顔の表情はちょっと曇っている。

「これはレシートですね…」

「レシート?」

「コンビニとかでものを買うともらえるやつです。ほらここに、ほうじ茶百二十円って書いてあるでしょう?」

「………」

 そう言われても、わからない…。目が見えない自分に文字なんて読む必要はなかったから点字以外は理解できない。このレシートに書かれている文字は一個も読めない。

「じゃあこれは違うの?」

「そうです。大きさは合ってたんですが…」

 また二人で探しに戻る。で、また紙を見つける。

「今度はどう?」

「これは宝くじです。きっとハズレだったから買った人が捨てて行ったのでしょう。違います」

 言われてみれば絵が描いてある。これは文字ではないのだろう。

 三度探し始めた。だが繭子はもう諦めたかった。

「ごめんなさい…。目が見えるようにしてくれたのは良かったけど、私は全てが初めて見るものだから…。これ以上は探せない。もう無理なの」

 声の主もわかってくれたのか、顔は良い表情ではなかった。

「私の方こそ、ごめんなさい。何の説明もなしにここに連れてきてしまって…。謝るべきは私の方です。目が見えているうちに帰りましょう」

 二人で諦めて帰ろうと河川敷の階段を登る。その時繭子は何か、言い表せないものを感じた。

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