第二話 小さなコミュニティ
今日の授業も終わった。補講もないのですることがない。そういう時陽一は決まってイワンのところに行く。
「お~いイワン! 暇だし北上川に釣りに行こうぜ!」
イワンは席に座って勉強をしている。
「ワタシは今、忙しいノデ、今回はパスしマス…」
「そんなつれないこと言うなよ。暇でしょうがないよ」
イワンはため息を吐いた。
「陽一クン。アナタは成績が良いじゃないでスカ。ワタシは違いマス。この前の小テストが姉に見つかって大変だったんでスヨ…」
「あーあの」
どんな風に怒られたのかは想像が難しくない。イワンと初めて知り合った時、釣りに行って遅くなってしまったことがあった。あの時、お互いの両親は無事だったことがわかれば叱ったりはしなかった。近所でも特に問題にならなかった。
だがイワンの姉、サーシャは違った。まだ日本に来たばかりだったからか、説教はロシア語ばかりで全然理解できなかった。だが恐怖は伝わって来た。おまけに愛用していた釣竿をへし折られた。普通なら弁償しろと言いたくなるところだが、あの時は本当に怖くて何も文句を言えなかった。
イワンの机の上を見る。勉強しているのは日本史のようだ。
「あの先生の授業なら簡単だろ? 何で変な点数を取ったんだ?」
「日露戦争ガ…」
もうその話は聞き飽きたぞイワン。この手の話になるといつも言い出す。
「はいはい。革命が起きてなければロシアの勝ちだったんだろう? 日本も戦争を続けられる状況じゃなかったらしいもんな。そこでポーツマス条約を結んで終戦したが、それが日本の勝利って言われてるのが納得いかないんだろう?」
「そうデス。革命が起きずに続けていたらロシアの勝ちだったんデス。この教科書に書かれていることはワタシが小学生の時に習った歴史と違いマス!」
俺は日本人だ。だからどうもあの戦争は日本の勝ちと思ってしまう部分があるようだ。イワンも同じで、祖国が負けたことにされているのが気にくわないんだろうな。
「でもロシアだって三国干渉してきたじゃん? あれはお前的にはどうなのさ?」
「清のことを考えれば仕方ないことでスヨ」
「いやいやあれって、ロシアが凍らない港が欲しかったからじゃなかったっけ?」
確か中学の時そう習った。
「とにカク! 勝手に戦勝国気分に浸っているのが許せまセン!」
ここまで来るともう言っても無駄である。
「…わかったよ。イワン、今度は良い点数を取れよ。でも式神を使ってのカンニングは無しだぞ」
「そんなことバレたら姉に殺されてしまいまスヨ…」
あははと笑ったが、あの姉なら本気でやりかねないな…。
陽一はイワンを誘うのを諦めて一組の教室から出た。
「おやあれは…確か俺のクラスの八幡久姫」
最近久姫はしつこいくらい自分に干渉してくる。クラスの人と仲良くしようだとか打ち解けようだとかうるさいくらいに。今日もきっと言いに来たんだ。
「なんだい八幡さん? 俺は今から釣りに行くんだけど」
「またイワン君と話してたわね。でも普通の会話だったわ。ねえ教えてよ、どうして他の人と仲良くしようとしないの?」
一般人に話したら馬鹿にされるに決まっている。式神のことは絶対に話さないし話したこともない。
「気が合うのはあいつしかいないんだ。理由はそれだけだよ」
それはそうだ。式神の見える人は少なくともこの町に自分を含めて三人しかいないのだから。
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