第一話 謎の声

 玄関で靴を履いて杖を持ち、ドアノブに手をかけた。

「行ってきます」

 父は既に仕事に行っている。繭子は母に言った。

「ちょっと待って繭子。やっぱり学校まで送ろうか?」

 いつもそれだ。もう高校に進学して一か月以上経つというのに母は自分の登下校の心配ばかりする。

「心配いらないよお母さん。家と学校ぐらいは一人で往復できるから」

 自分のことを考えれば心配するのは当たり前かもしれないけど、正直言うとうるさいかな? でもそう言うと母が悲しむから絶対に言わない。

 学校への登校手段はバスだ。学校前までバスが通っているからだ。定期を見せるだけで学校まで連れて行ってくれるし、自分が視覚支援学校の生徒とわかると席を譲ってくれる優しい人もいる。何も不自由なことはない。

 授業は今日もいつも通りに終わる。そしていつも通りに帰ろうとバス停に向かった。

「すみません」

 誰かが話しかけてきた。聞いたことのない声なので知らない人だ。でも女性ということはわかる。

 不審者だったら危ない。無視しようか? でも困っている人なら放っておけない。

「なんでしょうか? 私で良ければ手を貸します」

 すると声の主は変なことを言いだした。

「あ、あなたには見えるんですね?」

 見える? 私は生まれつき目が見えない。

「…なんのことですか? 私は全盲なので何も見えないんですけど…」

「そうなんですか? でも声は聞こえてるんですね。そうでないと意思疎通はできないので…。でも助かります。見える人がなかなかいなくて困ってました」

 この人は何か変なことを言っている気がする。それとも自分が理解しようとしないだけ?

「で、何の用ですか?」

「大切なものを落としてしまったんです。それを探して欲しいんです」

 用件は探し物らしい。手伝ってあげたい気はあるが目の見えない自分にできることじゃない。

「すみません。気の毒ですが、それは手伝えません…」

 そう言って帰ろうとすると声の主は繭子を引きとめた。

「あなたでないと駄目なんです! お願いします。ついてきて下さい!」

「ええ、でも、私じゃ力には…」

「とにかく! 早くしないと誰かに拾われてしまう!」

 声の主は強引に繭子を引っ張った。

 こんなに慌てているということはとても大変なことなのだろう。でも走るのは危険だ。できれば歩いて欲しい。

「あれ…?」

 そういえばこの人の足音が聞こえない。目が見えない分耳はとても良いのでわからないはずがない。現に自分の足音は聞こえるしすれ違う人の足音も聞こえる。

「ねえあなた、どうして足音が聞こえないんですか?」

 繭子は尋ねた。

「見ればわかるでしょう? 不思議なことではありませんよ」

 いや私は目が見えないんですけど…。だから不思議なのに。

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