第六話 先輩も友人も召喚士

 休みが明けると学校の屋上で話をする。

「そんなことがあったんでスカ? 陽一クンのいとこは面白いでスネ!」

 ゴールデンウィークの出来事を話すとイワンはゲラゲラ笑う。

「下品なガキだよ、イワン。雪子を見習って欲しい。お前のいとことかはどうなんだ?」

 イワンには二つ上の姉がいることは聞いている。かなり上品な人だが最高にキレると大胆な行動を取るらしい。

「ワタシのいとこでスカ…。会ったことは無いんでスガ、モスクワに三人いると聞いてマス」

「そうなのか。この休み、お前はロシアに帰ったのかい?」

「イイエ。大型連休は旅行客でいっぱいなノデ。今年も日本にいましタヨ。呼んでくれれば遊びに行ったんでスガ…」

「それは先に言ってくれなきゃ駄目なやつ。俺は今年こそ帰るものだと思ってたよ」

「そうでスカ。今度から気を付けまショウ。あ、あと、[ミルエル]の調子はどうでスカ? 言うこと聞きマス?」

 陽一は両手を広げて、

「全然。欠陥だらけだよ。あいつは大空を飛びたがってるけど解き放てば帰ってこない気がしてね…。今日も家のクローゼットの中に置いてきた。軽いお仕置きさ」

「まあ、あれは元々ソ連崩壊時の自殺者ですかラネ。成仏できてないのをワタシが勝手に式神にしたことがそもそも気にくわないのかもしれまセン。手に負えないのはわかりまスガ、だからと言って返却するのもちょっと困りマス」

 返す気はないさ。じゃなければ貰わない。

「少しは飛ばしてやりたいけどどうすればいいかな?」

 色々考えてみる。貰ってから一年間、様々なことを実践したがどれも成功しなかった。

「ところで陽一クン、頼んでいたものは手に入りましタカ?」

 陽一は財布を取り出した。そしてその中からお札を一枚取り出す。

「はい。これだろ? 夏目漱石の千円札。いとこの弥生が持ってたよ。素直に交換してくれた」

 それを受け取るとイワンは興奮して、

「オオオ! これが伝説の旧千円札! やっと手に入りました!」

 イワンは外国のお金を採集する趣味がある。今日本にいるのだけどなかなか旧札は手に入らないらしい。新渡戸稲造の五千円札を手に入れるのにかなり苦労した。あの時は何件銀行を回ったっけか。

「ではお礼デス。受け取って下サイ」

 イワンは財布から一万円札を取り出した。騙すつもりはなかったのだが、これと交換してくれるというのであえて教えなかった。旧千円札には千円の価値しかないのに。

「おい陽一。それは不等な交換だ」

 声の方を向くとそこには男子が一人。

「げ! 陶児先輩…」

 高浜たかはま陶児とうじ。この学校で唯一尊敬する三年生の先輩。

「イワン、そのお札には千円分の価値しかない。君は九千円損するぞ」

「エ? そうなんでスカ?」

「旧札は今も店で普通に使える。だから価値は変わらない。陽一から聞いてないのか?」

 イワンが白い目で見てくる。

「お、俺はそれなりの価値があると思ってたんだけどなあ。あれぇ違ったんだっけ?」

 とぼけてみたが意味はなく、イワンは一万円札を引っ込めると代わりに野口英世の千円札を取り出し陽一に渡した。

「くっそーあともうちょっとだったのに!」

「ズルして金稼ごうたってそうはいかない。お前みたいなのが後輩にいると思うと非常に残念だ」

 相変わらず真面目だな陶児先輩は。その真面目さのお蔭で今は生徒会に所属している。

「ワタシからすれば喉から手が出るくらい欲しかったのでどうでもいいんでスガ…。ま、陶児サンが言うのならそうしまスヨ」

「ちっ。イワンは先輩の言うこと聞くのかよ…」

「まさか陽一。お前式神を使ってセコイことしてんじゃないだろうな?」

「さすがにそれはしないっすよ。そんなことをするのは最低の人間っすよ?」

 今まで一度も式神を使っていたずらなどはしたことがない。他人には見えないのだからやってみればバレないんだろうが、自分はそんなことをするために式神を継承して召喚士になったんじゃない。

「じゃあ陽一。お前の確か[ヤマチオロ]って言ったな。あの式神を召喚しっぱなしにしているのは何故だ?」

「言わなかったすか? あいつは元々俺の友人だったんです。だから式神になった後も自由にしてやりたいんすよ」

「なら[ミルエル]は? あの鳥が飛んでいるのを見たことがないぞ俺は」

「[ミルエル]っすか…。あれはアレで問題があって…。今調整中ってやつっす。いずれ使いこなしてみせますよ」

 こんな会話ができるのは校内でイワンと陶児先輩だけだ。他の人からすれば何の話をしているかわからない連中だ。

 ここにいる人はみな、召喚士。式神の見える人たちだ。イワンは三体、陶児先輩は一体それぞれ所持している。

「そう言えば久しぶりに見して下さいよ、先輩の式神。あれかっけえっすもんねえ」

「しょうがないな。今見せてやる」

 陶児先輩は財布を取り出した。どうやらそこに札が仕舞ってあるらしい。

「財布に入れてんすか? いざという時にすぐに出せないっすよ?」

 陽一はブレザーの内ポケットに入れている。ここが一番取り出しやすいからだ。

「そのいざという時は全く来ないんでね」

 そして札を取り出した。陶児先輩はそれに念じる。

「オオ! いつ見ても素晴らしいでスネ。祖国でもこれほどの式神は見たことがありまセン」

 それは戦国時代の武者のようであり兜を身にまとっている。そして陶児先輩に忠実である。今もこうして突然召喚されたのに静かに命令を待っている。

「[ノスヲサ]。今日は何も用事はないんだ。後輩が見たいと言うのでお前を召喚した。勝手な行いだがすまない」

[ノスヲサ]。それが陶児先輩の式神。[ノスヲサ]は何も文句を言わない。自分を[ミルエル]をここまで手なずけられたらな。そう思う。

「ワタシも負けてられまセン!」

 イワンも札を取り出した。

「サア出てくるんです、[エンリル]! [ヨルガンド]! [ヘールル]!」

 持っている三体を一気に召喚した。見た目はそれぞれ、狼、トカゲ、魔女。式神にも形は色々ある。

「こうなると俺も出さなくちゃ、すね」

 今は[クガツチ]しかない。胸ポケットに手を突っ込む。

「いや、しなくていい。ここで見せびらかしても意味はない」

 陶児先輩が止めた。

「イワンもしまえ。用もないのに召喚するのは式神に失礼だ」

「…わかりまシタ」

 二人とも式神に札を当ててそれぞれをしまう。

「日常生活で使うことはほとんどないから、今出してもよかったじゃないっすか?」

 そう言うが、

「それは平和の証拠だ。それ以上何を望む?」

 そう突っぱねられた。

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