第五話 従妹の話

「六四五で改革大化の―」

 改新、と言い終わる前に進武が動いた。

「これだ!」

 思いっきりカルタを手で叩く。バチンという音がする。

「そんなに力を入れなくても…」

 今の勢いなら間違いなく手がヒリヒリしているだろう。

「ねえ進武すすむ。そんなに力強くされると、こっちが手を出しにくいんだけど…」

 雪子ゆきこが文句を言う。当たり前だ。

「僕は確実に取るだけさ。ぶつかるのが怖いんならカルタ、やめればいい」

 なんてことを言うんだコイツは。全く反省していない。

「そんなことして勝ちたいの?」

「勝つのに手段なんていらないんだよ!」

 進武はとんでもないことを宣言する。

「ねえお兄ちゃん、今のは反則じゃないの?」

「雪子。こいつらに何を言っても聞かないの知ってるだろう? 我慢しよう。それに雪子の方から攻撃してもいいんだぜ?」

 この姉弟は卑怯だ。だから言っても意味がない。それは陽一も雪子もわかっていることだ。もし公正にゲームをするのなら、まだ小二で社会もならっていない弥生やよいを歴史カルタに参加させたりしない。

「こいつらって言っても、若菜わかながいないよ?」

「え?」

 リビングを見回すと雪子の言う通り本当にいない。

「さっきまでそこに座ってカルタに参加してなかったか?」

「トイレにでも行ったのかな?」

 いやそれはないはずだ。トイレに行くならそう言ってから行くはず。

 シュルル、と横で音がする。

「おい陽一。若菜を探してるのか?」

[ヤマチオロ]。人前であまり話しかけるなと言っているだろう。俺には見えていても他の人には見えないんだから。変に独り言を言ってる風に見えるんだから。

「若菜の奴なら、お前の部屋の方に向かったぜ」

 俺の部屋…?

「まさか!」

 慌てて席を外す。

「お兄ちゃんどうしたの?」

「ちょっと待ってろ! すぐ戻る!」

 祖母さんの家からドアを一枚隔てて陽一の家がある。そして階段を登って廊下を進み右に自分の部屋がある。

「やはり…若菜の奴め!」

 部屋のドアが少し開いている。いつも必ず閉めるようにしているのに。

 まずはドアを開けない。ドアに耳を当て中の様子を探る。

「…ない。どこにもない…」

 探し物をしているな。普通こういう場合、財布からネコババすることを思いつくだろう。でも若菜の探し物は金じゃない。あいつの親は大病院を経営してるから金に困るはずがない。

「若菜は確か…」

 確か、幽霊が見えるとか霊感が強いとか言っていた気がする。今まで気にもとめていなかったがもし自分の思った通りなら探しているのもは…札だ!

 ドアを開けると同時に叫ぶ。

「そこまでだ若菜! 今すぐこの部屋から出ていけ! お前の探し物はこの部屋にはない!」

 若菜は突然のことに驚きを隠せないでいた。

「なんだ陽一じゃない。ど、どうしたの大声出して?」

「とぼけるなよ。何でお前が俺の部屋にいる?」

「…」

 若菜は答えない。

「答えはこれだろう?」

 そう言って陽一はポケットから札を三枚取り出した。

「あ! それは!」

 式神の宿る札。陽一は[クガツチ]、[ヤマチオロ]、[ミルエル]の三体の式神を持っている。それを見せると若菜は驚く。

「一つ聞く。お前にはこの札に書かれた文字が読める、いや見えるのか?」

「何か、薄く書かれてるのは見える…。それが式神の札ね?」

 見えるのか。若菜には素質はあるようだ。

「それをちょうだい。私が使うわ」

 やはり狙いは札だった。祖父さんとの会話は誰にも話したことがない。どこから漏れてのか…。

大神おおがみ家には式神があるって言い伝えは知ってる。あんたは正確には大神家の人間じゃない。苗字は辻本でしょう? 私に貰う権利がある!」

「…それは違う。俺だって大神家の血を継ぐ者だ。そしてこれは今は亡き祖父さんから正式に継承した、俺の式神だ!」

 これで諦めるか…。いや若菜はその程度の人間じゃない。きっと引かないだろう。

「それを貸してよ。私だって式神を従える資格があることを証明するわ」

「ならばやってみろ。できたらコイツはくれてやる」

 そう言って札を一枚若菜に渡した。

「念じれば出てくる。それは知ってるわ。見てなさい私の力を!」

 若菜はそう言う。だが何も起こらない。

「どうした? あれだけ言っておいて何も起こりはしない。やっぱりお前に資格は無いんだよ!」

「そ、そんなバカな…」

 陽一は返せと手を差し出す。しかし若菜も諦めが悪い。

「もう一度。もう一度だけ…。[クガツチ]が必ず出てくるはず!」

 いいや出てこないさ。その理由は陽一だけが知っている。その札は[クガツチ]じゃない。[ヤマチオロ]だ。[ヤマチオロ]は三年前に事故死した友人の魂を使って作った式神。故に俺の言うことしか聞かないし他の人にも召喚できない。

 何度も何度も念じても何も起こらなかった。

「若菜…お前が霊感が強いという話は本当なんだろうな。でも、式神を従えるほどの力は無かった。それがここではっきりしたぞ! これでもまだやめないか!」

 さすがに若菜は諦めた。札を陽一に返却する。

「式神ってのはこうやって召喚するんだ。よく見てろ!」

 札を持ち念じる。[クガツチ]よ、出て来いと。

「ガオオオオ!」

 赤くたてがみを燃え上がらせるライオンが部屋の中に出現する。[クガツチ]は熱や炎を自由に操る式神だ。火事になるのでここでは何も燃やさないが部屋の温度は[クガツチ]がいるだけで高くなる。

「これが…式神…」

「網膜によーく焼き付けておけ。お前が見る機会はもうないと思った方がいいぞ。お前が俺の式神を狙っているとわかった以上、お前が仙台から来る時は札はこの部屋には置いておかない。絶対に見つけられないところに隠す」

 陽一も若菜も少し汗をかき始めた。もう頃合いだ。これ以上[クガツチ]を出し続けていると溶けてしまいそうだ。

「もういいだろ。しまうぞ」

 札を[クガツチ]にかざす。すると[クガツチ]は札に戻る。部屋の温度も一気に下がる。

「く…。欲しい…」

 本当に諦めの悪い奴だな。まあ一度見てしまえばそうなるのには納得だが。

「駄目だ。これは俺の式神だ。諦めるんだな。それと早く出ていけよ…。人の部屋に勝手に入るんじゃない! お前にはモラルが無いのか!」

 言っても無駄だろうが一応叱りつけておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る